ドイツの辞書は分厚い語彙集

 もちろん、ドゥーデン(Duden)という例外はあるが、これはドイツの国語辞典(独独辞典)であり、ここで紹介したいのは、ドイツで売っている外国語とドイツ語の二か国語辞典のことだ。

 ドイツの書店に売っている辞書は、ランゲンシャイト社(俗に(?)言う黄色い辞書)とポンス社(緑の辞書)の2つの会社が独占していると言って良い。分厚く見える辞書は、英独・独英のように両方向の辞書が合本になている場合が多い。安いものでは9ユーロから、高くても40ユーロ前後と、日本の大辞典と比較にならないほど破格の値段で売っているのだが、開けてみるとその理由がよく分かる。

 辞書に例文がほとんど掲載されていないのだ。

 かろうじてよく使う慣用表現などは太字で記載されており、そこに少しだけ例文があったりするが、その例文にドイツ語訳が書いていないこともある。そして、多くの単語の場合は、訳語が一つ書いてあるだけで、それ以上の説明は何もないのだ。

 これではまるで他人が作ってくれた単語カードみたいなものだ。

 翻って、日本で売っている辞書には、もちろん単語帳みたいな簡易なつくりの辞書もあるが、メジャー言語であれば中辞典から大辞典、いやコンサイスやプログレッシブのような小辞典であっても例文が豊富であることの方が普通だ。中にはジーニアスのように、一癖も二癖もある、練りに練った例文が掲載されている辞書もある。辞書の例文を覚える学習者も少なくないことだろう。例文がないと、その単語がどのように使われるか分からない。それだけ、例文というものは辞書にとって必要で、むしろ当たり前のもののように僕は感じていた。

 とはいっても、ドイツ人より日本人の方が英語ができるかといえば、そういうわけでもない。例文がない辞書を使っていても、ドイツ人の語学力が日本人より劣るのではない。文字通り「ヴェーターブッフ」(Wörterbuch= words book(単語の本)=単語の本)がドイツで売られているのには、理由があるのだろうと思う。

 一番に思い浮かぶのは、欧州言語は、文法面、語法面、語彙面でも、お互いに似ていて、一対一の対応をしている単語が多い、ということだ。日本語ではそうはいかない。英和辞典を見ても、英単語に対して日本語が一語で終わることはむしろまれなケースで(cat=猫など)、訳語というよりもむしろ説明といった方が良いくらいに長い訳語が多い(ambivalent=相反する感情を持った、など)。こういう単語を和英辞典で再び探し当てるのは至難のわざだ。説明口調の訳語が見出し語になることは多くないからだ。それだけ、英語をはじめとする欧州言語と日本語とが遠く離れている言語だということがわかる。

 この点、英語とドイツ語のような場合には、日本語では長々とした訳語が必要となる単語でも、一対一対応をしているものが多く、中には言葉を入れ替えていけば英語からドイツ語に綺麗に文を変えることができることもある。よっぽど違う使い方をする場合にはプラスアルファの説明が必要だが、たいていは単語を入れ替えるだけで話が通じる。だから、ドイツの辞書が単語集であっても、そこまで問題になるわけではないのだ。

 これは実は日本で売られている他の辞書の場合にも当てはまることがある。例えば韓国語の場合がそうだ。似ていても意味が違う場合にはもちろん例文や説明が続くが、ただ単に韓国語と、それに対応する日本語の訳語だけしかない、すっきりしたページもある。これは、日本語と韓国語で、単語が意味する境界線が非常に近い、あるいはまったく同じ場合があり、そういった単語の使い方については、わざわざ例文を作ってまで説明する必要がないからだと思う。

 個人的に英独・独英辞典を使うことに憧れることはあるが、日本語母語話者としてドイツ語をしっかりと学びたいときは、ドイツで辞書を調達するよりも、やはり日本で出版されている例文の豊富な独和辞典を使った方が良いのだろう。

 

 


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