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デバイスを活用し、トレーニング変革を

陸上長距離では様々な局面でタイムを指標にします。選手の能力は自己ベスト、シーズンベストで見ることが多いですし、レースの出場も標準記録を突破しているか、ターゲットナンバーに入っているかなど、タイムで決められることが多くあります。トレーニングの設定ペースもタイムです。しかし強化の段階ではタイム以外の指標も持つことで強度を細く設定できたり、より選手の特性に合わせた取り組みが可能になります。最近、乳酸を指標としたトレーニング方法で注目されている東京五輪男子1500m金メダリストのヤコブ・インゲブリグドセンは、トレーニング強度を乳酸性閾値付近に設定し、長期間にわたり高ボリュームで行う二重閾値走を推奨しています。

そんな話をスタッフ内で話していたところ、コーチの五十嵐真悟から「スキーの世界では昔からそうしたことをやっていました」と、思わぬ反応が返ってきました。

五十嵐は新潟県出身で、幼少時代からクロスカントリースキーで活躍していた経歴を持ちます。当時からトレーニング強度の管理のために乳酸測定は行われていたそうです。これはスキー界の取り組みの先進性を示していると同時に、同じ環境でも標高やコースの起伏、雪や風などの天候により身体への負荷が変わる競技特性も関係しているからだと思います。

陸上競技では研究としての測定はしていましたが、トレーニング現場での活用は非常に少ないと思います。いずれにせよスキー界で古くから積極的に取り入れられているということは、指導者らのアカデミックな施策が広く普及している証でしょう。

五十嵐はデータに加え、選手の感覚も大切にしながら、
的確なアドバイスができる指導者
アプリによってトレーニング強度を可視化して評価

近年では陸上長距離の世界でもウェアラブルウォッチが普及し、走行距離や心拍数など様々なデータを計測できるようになりました。多くの人が活用している一方で、中にはうまく使いこなせていない選手もいるようです。
データがすべてというつもりはありませんが、身体が発する生理反応やバイオメカニクス的情報は自分自身の状態や特性を定量的に示し、トレーニングの方向性を導いてくれるものですので、こうしたデバイスを使わない手はないと私は思っています。城西大学では低酸素トレーニングの際、標高(酸素濃度)、走行距離、速度(ペース)、トレッドミルの斜度、休息時間に加え、気温、湿度などを調節し、トレーニングプログラムの強度を決定しますが、選手ごとに運動中の心拍数と酸素飽和度(血中酸素濃度)も計測して評価しています。そのデータを継続的に収集することで、各選手に合わせて適切なトレーニングが組めるため、効率的な能力向上へつながる大きなヒントとなっています。その詳細は以前、こちらに書いたとおりです。

どんなトレーニングでも言えることですが、レベルの違う強い選手のメニューを参考にしたり、他人のデータと比較するのはいいのですが、それに及ばないからといって悲観する必要はありません。特に低酸素トレーニングはその環境に対して、同じベストタイムの選手でもかなり個人差が出やすいためです。ですので選手個々のデータをモニタリングしていき、それぞれに強みと課題を把握し、改善していく方法を探るようにしています。

スムーズな計測のため、マネージャー陣も
緊張感を持ってスタンバイ

少し踏み込んで考えれば、最大酸素摂取量や乳酸性閾値などの持久力の指標は大学や専門機関で測定できますし、無酸素性持久力も専用のエアロバイク(30秒間全力ペダリング=ウィンゲートテスト)があれば測定できます。誰しもがこうした計測を受けられわけではありませんが、測定によりそれぞれの特性や長所、課題を把握できますので、指導者の経験や感覚に頼る指導から脱却する大きなヒントになります。

最新ウェアラブルデバイス。
汗による乳酸測定も試験的に導入中

「マラソンで2時間○○分切りを狙うならば、このメニューができるようにならなければならない」などというような話をよく聞きます。そうした発言のほとんどが過去の名選手や世界のトップ選手のトレーニング事例からだったり、また選手それぞれの現在の持ちタイムと練習内容をもとに、その延長線を推測してのものです。

もちろんスタミナやスピードを身につけるために必要なトレーニングは多くの選手に共通していることは事実です。「特異性の原理」に照らし合わせても目指す強度レベルでのトレーニングは必須でしょう。しかし競技レベルが高くなればなるほど強度、量、頻度、期間、環境など、多くの変数の組み合わせが複雑になり、「必ずこれをやらなければならない」と一般化して語ることは難しくなります。身体データや選手の特性によって取り組むべきトレーニングは変わりますし、ハイレベルな選手になればなるほど、開発すべき能力を生理学的に繊細に見極める必要があるからです。そうした視点を持つことなく、指導者の経験や感覚、他の選手の事例のみによって導き出されたメニューが、日本人が到達していない未踏の領域やそれに近いところを目指す選手に当てはまると、なぜ言えるのでしょうか。効果的なトレーニングを行うためには積極的にデバイスを使い、できる限り選手のデータを採取し、その選手の特性にあったトレーニングを進めていくことが重要なのです。また同時に選手自身もデータを活用する意識が求められますし、自分のトレーニングデータを把握し、今後のトレーニングのヒントにして実践するなど、能動的に取り組んでほしいと願っています。

エアロバイクはパワー測定評価が容易にでき、
今後の課題が明確になる

私のゼミの学生は、様々なデバイスを活用して卒業研究をしています。簡易的な加速度センサーをシューズにつけてトレーニング前後のランニング中のピッチ、ストライド長、接地時のパワーなどを測定している学生もいます。また装着が容易で精度が高いアームバンド式の心拍計は、近年で、最も優秀な使えるデバイスとして、私の中ではナンバーワンです。男子駅伝部の低酸素トレーニングでは強度確認のために必須なものとなっていて、タブレットで数値を確認しながら日々活用しています。もちろんすべてのデバイスを常にトレーニングの現場で使うことは難しいかもしれませんが、取捨選択し、できる限り取り入れたいものです。

また別の目的になりますが、室内でトレッドミルで走る際に音楽を聴いたり、世界のトップ選手が走っているレース映像を見て気分を高めたりもしていますし、骨伝導型のオープンイヤーヘッドフォンにより、屋外でも安全かつ楽しくジョグが行えるようになりました。従来は音楽を聴きながらのランニングは安全面からもご法度でしたが、今はそれも解消され、心身ともに充実したトレーニングが行えるのです。競技を楽しむ意味でもやはりテクノロジーの進化を利用しない手はないでしょう。

このnoteで繰り返しお伝えしていることですが、指導者の経験や感覚だけでトレーニングをしているようでは必ず限界がきます。そこからの脱却こそ、日本の長距離界の喫緊の課題だと私は考えています。シューズが進化しているように、トレーニングも大きな転換期を迎えています。他の競技種目に目を向けると、野球、サッカー、バレーボール、バスケットボールなど様々なスポーツでデバイスを使ってデータ収集し、それを活用してパフォーマンス向上につなげています。私たちも日々、進化していく様々なデバイスを積極的に使い、リテラシーを高めていきたいものです。

デバイスを使いこなせる人材も今の陸上界には不可欠!
近い将来に分析専門スタッフ(アナリスト)も
誕生するでしょう


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