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[3] 反面教師にしてほしい、私のしくじり出産体験記②

前回の記事(しくじり出産体験記①)では、その時々で、ベストな選択をしたつもりだったけど、結局悔いの残る形で終わってしまった、第一子の出産の経過(前半)をお届けしました。本日は、出産当日の経過、そして、しくじりの本質や学びについて綴りたいと思います。

出産当日の経過

先生と「この日に産もう」と決めた当日の朝9時、入院の準備をして産院に向かい、内診を受けました。子宮口は、10㎝まで開いてからが出産本番で、だいたい陣痛が始まって病院に行くと3㎝くらい開いていることが多いのですが、私の場合は、もちろんそういった予兆もなく、開きも1㎝未満でした。

ここからどうお産に持って行くのだろう?と思ったら、10時から陣痛促進のための点滴&飲み薬がスタート、そしてバルーン挿入。産後あらためて色々な人に出産体験談を聞いたり、ネットで見てみたりしたけど、このフルコースを同時にやるケースは珍しいようです(まず飲み薬、次にバルーン、それでも進みが悪い場合に時間を置いて点滴、というパターンが多いよう)。

しかも、横で経産婦2名も同じ処置を受けており、産科医1人の個人病院にもかかわらず、同タイミングで計3名が計画分娩、という状況! 分娩台が2台しかないので(薄いカーテンをはさんで隣越し)経産婦たちが分娩室で待機し、私は初産なので時間がかかるだろう、ということでナース室の隅のベッドへと移動しました。

多くの人から「陣痛は最初からしんどいわけじゃなくて、徐々に強まっていくし、痛みに慣れていくから心配しなくても大丈夫」と聞いていたけど、促進フルコースの効果はテキメンで、待機開始後すぐに痛みがマックスに。「聞いてた話と違う!!」結局出産が終わるまで、スマホぽちぽち…なんてする余裕は、一切ありませんでした。

陣痛待機中は「助産師さんが横について、腰をさすってくれる」とばかり思っていましたが、ちょうど忙しい時期だったためか、助産師さんたちはバタバタしていてほとんど近くにおらず、時々来ては子宮口の長さを測ったり「あら、もう破水してるわ!」と言って去っていくばかり(涙)。腰をさすってもらうだけでもだいぶ楽になるので、痛さだけでなく、構ってほしさもあって叫び続ける、情けない自分がいました(ちなみに分娩待機中は、家族などの立ち合いは一切禁止)。

そうするうちに、1人目の経産婦が13時ごろに出産。分娩台が1つあいたので、陣痛の合間に移動し、14時ごろにはカーテン越しに2人目が出産するのを耳にしました。その後私の痛みも、なんだか種類が変わってきてイキみたさが増してきており、その旨を助産師さんに伝えたら、「結構前から子宮口全開だから、もうイキんでいいのよ」とのこと。(頼むから、分かってたならはよ言ってくれ!!)

我が夫はというと、出産に立ち会う気はないけど、経過を見守る&生まれたての赤ちゃんに会うべく病院の待合室で待機…のはずが、助産師さんに言いくるめられたらしく、14時くらいからちょこちょこ分娩室へとやってくる(突っ込む余裕もなく、不思議に思いながら迎えていました)。そして夫も見守る中、15時過ぎに先生が到着し、会陰切開をし、いよいよ出産

頭が見えてきたタイミングで「なかなか出ないねぇ、吸引するね」と先生に言われ、訳も分からぬまま同意すると、さっと吸引の道具が出てきて「シューー-」。するするーっと出ていく感覚がしたかと思うと、産声が聞こえてきました。誕生したのは15:23。よく「頭が出始めてからがしんどい」と聞くけれど、その経過をすべてショートカットして、あっという間にゴールに到達しちゃった感じです。

産声を聞き、身体をきれいにしてもらっている息子を遠目で見ながら、「ああ、ずっと近くにいたこの子は、こんな声で泣くのね」なんてのんきに思いつつも、とにかく脱力感が半端なく、その後で対面するも、思っていたほどの感動はなく、「なんだか呆気なかったな」というのが正直なところでした。

そういう産院を選んだ私の責任
~しくじりの本質は無知~

ここまでお読みいただいてお分かりの通り、私の出産は「思ってたのと違う!」のオンパレードでした。産院に対する愚痴を書き連ねているように感じた方もおられるかもしれませんが(確かに「もう二度とこの病院では産みたくない」とは思ってますが)、産院側が悪いのではなく、ひとえに、私の思い描いていた出産と、産院のスタンスが完全に違っていたというだけのことです。

そもそも私には、分娩の経過に対する知識が圧倒的に欠けていました。「この日に産もう」と先生に言われた時点で、計画分娩になるということも分かっておらず、「先生から見て、その日になると産まれる準備ができる見込みがあるのかな」「そうでなくても、先生が産めるように何とかしてくれるのかな(手技か何かで)」と夢見る少女のようなことを考えていました。

その病院での出産の在り方(陣痛促進の仕方、助産師の対応、待機場所や分娩の場所など)を一切知らなかったし、「吸引分娩」という言葉は知っていても、それを非常時でなくてもする可能性があることや、どういうリスクが伴うか(頭皮挫傷・網膜出血・黄疸など)について考えたこともありませんでした。

どれくらい因果関係があるかは分からないけれど、息子の黄疸の値が高く、退院後に再度入院して治療を受けることになったときも、心臓に失陥が見つかったときも(今は完治しています)、吸引分娩のせいかな、という後悔が頭をよぎりました。吸引自体を否定しているわけでなく、特に高い必要性がなかったのに、よく分からずそれを受け入れてしまったことを悔やんでしまうのです。

前回の記事にも書いたように、私が出産した産院はリピーターも多く、評判もいいです。設備もキレイでご飯も美味しいし、計画分娩は忙しいママ(特に経産婦)にとっては都合が良く、短時間でするっと産めるので産後の回復が早いというのもメリット。

でもそれぞれの病院に方針というものがある以上「すべての人にとって満足のいくお産にする」というのは不可能なので、産婦自身が、自分の希望する分娩方法や「どんなお産にしたいのか」に向き合い、それを叶えてくれる産院を主体的に選ぶことが大事なのだと改めて感じました。

しくじりから学んだこと
~これから出産する方へのメッセージ~

出産にかぎらず、どんなことにも共通して言えることだけれど、大人になると「誰かが手取り足取り教えてくれる」ということはほとんどありません。就職、婚活、結婚、妊活、保活など、なにかに挑戦する際には自分で情報を収集しないといけないし、必要な情報100%すべてが揃っている情報源なんてないので、あらゆる情報源から必要なものを収集していき、最終的には自分で責任を持って判断しないといけないのです。

この過程で手を抜くと「思ってたのと違う!」となる可能性が生まれます。海外旅行なんかでは、あえて下調べをせず、新しい発見や意外性を楽しみたい派の私ですが、こと出産においては、自分と子どもの命がかかっているし、自分の中で「こういうものにしたい」という思いもあったのだから、それを実現する努力をするべきだったなと反省しています。

さらに、私は色々な選択を、他人軸で行ないすぎていました。出産において一番優先しないといけないのは、赤ちゃんと自分だったのに…。そういった反省を生かして、今回の出産に向けては、自分と赤ちゃん本位で考え、「どういうふうに産みたいか」を明確化した上で、いろいろな産院を時間をかけて検討し(実際に見学にいき、オンライン説明会なども活用して)、いろいろな人の話を聞き、決断しました。無事に第二子を出産できたら、この過程についてもお話ししたいです。

今まで出産体験記って自分語りの極みのようで恥ずかしい、と思っていたけれど、書いてみると気持ちの整理になるし、記憶はどんどん薄れていくので早くに書いておくのがいいなと思いました。

このささやかな記事にたどり着いてくださった1人でも多くの方が、自分の望む出産のあり方を明確化した上で、後悔のない出産ができますように、祈っています。

読んでくださりありがとうございました。
それでは、また*

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