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東アジアの人々は自分の要求を抑えるのか:世界との対話における文化の違い

ぶぶ漬けでもどうどす?

これは京都人について語るときによく出てくる話だ。京都では家に来た客にそろそろ帰ってほしいと思ったとき、お茶漬けを勧めるのだという。実際にそのように言う京都人がいるのかどうかはわからないが、本当の意図を直接的に言わずに全く別の表現をするということは、日本人の多くの対話の中に見られると思う。このような対話の方式は、話し手の意図を聞き手が理解してくれるだろうという期待の心理があるからこそ成り立つのだろう。つまり、ひとつの空間の中で共有される空気、すなわち文化的規範が存在しているのだと考えられる。その文化的規範を知らない人がいた場合、空気を読めずにお茶漬けを食べてしまうかもしれない。

対話の方式と文化の関係は興味深い。以下では、私のかかわった研究グループの論考(Park, et al., 2018)の内容をもとにまとめたい。

周囲と自己の間:「一次的コントロール」と「二次的コントロール」

人は周囲の状況に対して、常に二つの方式で向き合っている。第一の方式は、自分の意志や要求にあわせて周囲を変化させようとするというものである。周囲への影響力の行使とでもいえばよいだろうか。これを一次的コントロール(primary control)という。第二の方式は、与えられた状況に自らをあわせて適応しようという試みである。これを二次的コントロール(secondary control)という。このコントロール方式に関して文化による違いがあるかについては、意見が分かれる。ある研究者たちは、自らの欲求にあわせて周囲を変えようとすることは文化普遍的であり、人間の本能だという(Heckhausen & Schulz, 1995)。別の研究者たちは、集団主義文化圏(東アジアなど)と個人主義文化圏(西洋など)で違いがあるという。つまり、集団主義文化圏の個人は他人との間で調和のとれた関係を維持するために、周囲を自らの意図どおりに変えようとするよりも、自らを周囲にあわせる二次的コントロールをより多く用いるという(Weisz, et al., 1984)。この二つの立場は、どちらが正しいのだろうか?

まず単純な例を挙げよう。体育の時間にある動作を習っている。でも、その動作についていくのがとても難しいとしたら、あなたはどうするだろうか?

A: 難しい動作を、自分にあわせて適当にかえて行う。
B: 難しいが、その動作の通りに、一生懸命ついていきながら習う。

Morling (2000) の研究はこの問いに関係するもので、エアロビクス教室に通うアメリカと日本の成人男女を比較している。その結果、アメリカ人の場合はAの傾向が強いのに対し、日本人はBの傾向が強いということが明らかになった。周囲を自らの条件に合わせようとする一次的コントロール方式(傾向A)と自らを周囲にあわせて発展させていこうとする二次的コントロール方式(傾向B)の文化差がよくあらわれている研究である。

多様なコントロールの方式

ところで、一次的コントロールが目指す周囲への介入は、単純に直接的な行動と発話だけで可能だろうか。私たちの研究チームは、直接的な一次的コントロール以外にも多様な方式の一次的コントロールが存在すると提案してきた。

多様な一次的コントロール (1) 代理的コントロール

これは、他人を参加させることで周囲を変化させる方式である。エアロビクスのレッスンの場面に話をもどすと、例えば、動作の難しさを感じた受講生が、授業のあと、その教室の職員に言って動作の難易度を下げるようにお願いする、といったことである。受講生から講師に直接言うのではなく、職員から講師に対して働きかてくれることを期待するわけである。他人が代わりに周囲を変えてくれるように働きかけるため、代理的コントロール(proxy control)という。

多様な一次的コントロール (2) 集団的コントロール

これは例えば、一人で講師に言うのではなく、意見の近い人たちが一緒になって講師に動作の難易度を下げるよう提案するというものである。このように集団で働きかけをすることを集団的コントロール(collective control)という。

集団化した主体性を通じて周囲に影響を及ぼす過程(集団的コントロール)

多様な一次的コントロール (3) 間接的一次的コントロール

例えば、仕事の締め切りを守ってくれない同僚に対して、直接催促するのではなく、「最近忙しそうですね」と言って暗に催促することがある。このように、間接的な表現で暗に意図を伝えようとする一次的コントロールを、間接的一次的コントロール(indirect primary control)という。家に帰ってほしいと思いながらお茶漬けを勧める京都人の話も、これに該当するだろう。

自己向上によるコントロール

一次的コントロールと二次的コントロールの間の中間的なコントロール方式もある。西洋の人々の目からみると東アジアの人々はもっぱら現実を受け入れ適応しているように見えるかもしれないが、長期的にみるとそうではないというのが Kurman et al. (2012) の主張である(自己向上によるコントロール, Control via self-improvement)。例えば、自らが希望していた企業の就職面接で失敗したときに、もう一度機会をくれるように面接官に頼もうとすることはあまりないだろう。しかし、次の機会に合格できるよう実力を積む努力をするということはある。これは、ひとまず現実を受け入れるという点では二次的コントロールに見えるが、長期的には素直に現実に従うのではなく変化をもたらそうとしているという点で、一次的コントロールと二次的コントロールの中間的なものとみることができる。

このように見ると、一見すると単純に状況や相手の意見に対して素直に同意しているように見える東アジアの人々も、実は上に述べたような様々なコントロール方式を用いて、直接的な対立を避けながらも自らの意志や要求を実現させようとしているのだとみることができる。そのようなコントロール方式の傾向性は、東アジアの人々の考え方の特徴だといわれる弁証法的思考とも関連があるだろう。

弁証法的思考

東北アジア人は、問題をより複雑で相互に関連するものとみなし、個別的な部分よりも全体を理解し強調することが必要だと考える。

McDaniel, Samovar, & Porter (2012) Intercultural Communication, p.15

弁証法的思考(dialectical thinking)は東アジアの人々の世界観の特徴として知られている。文化心理学でいわれる弁証的思考とは、次のようなものである。

対照の原理:yesとnoを明確に区別するというよりも、肯定が否定になることもあれば、否定が肯定になることもある。

変化の原理:事物や現象を、固定したものというよりは絶えず変化するものと捉えがちであり、どこか一か所で何らかの状態を伴って明確に存在するものだと捉える意識が少ない。

全体の原理:事物や現象を理解するときに、部分に注目するよりは全体をまとめて関係の中で理解しようとする意識を強く持つ。

このような弁証法的思考は、社会アイデンティティーや相互依存的自己観とも深く関わっている。人は誰しも自由意志(free will)を持っている。弁証法的思考は、その自由意志を成し遂げるために人がどのような方式をとるかに対して影響を及ぼすだろう。冒頭で例に挙げたブブ漬けの例は、お茶漬けを勧めながらも帰ることを望むという意図を含む点で、対照の原理が含まれているとみることができる。

異文化の中で生活することになると、最初はその違いに圧倒される。お金の種類は違うし、お札の色も母国とは違う。言葉も違う。車の走る方向が反対のこともある。しかし、しばらくすると、このような大きな違いには、根底に共通点があることに気づき始める。お金の色や名前よりも、共通のお金があることでその文化圏の人たちが互いに取引できることが重要なのだ。言語についても同じことが言える。重要なのは、人々がコミュニケーションできるように共通の言語を持つことだ。言語は、お金と同じように 、どの文化圏でも本質的に同じ機能を果たしているのだ。

Baumeister (2005) The Cultural Animal, p.22

これは、文化による人間の多様な価値観と行動方式の違いを調べる文化心理学者として、とても共感できる考えである。私たちが持っている根本的な動機は、結局のところ文化によらず違いがあまりない。マズローの欲求理論においても現れているように、私たちは誰しも、生存したいという欲求、自らの潜在力を実現したいという欲求を持っている。ただ、文化心理学の興味深く重要なところは、人間の普遍的な欲求を満足させるために各文化圏の人々がどのような多様な戦略を用いているかを研究することだ。異文化コミュニケーションの話題は、互いに異なる言語圏の人々の効率的な意思疎通のために、言語教育、特に英語教育を重視する方向に流れがちである。しかし、異文化コミュニケーション能力を向上させる根本的な鍵は、単なる外国語の知識ではなく、文化による意思疎通の方式の違い、戦略の違いを理解するところにあるだろう。


この文章は、私のかかわった以下の共著の論考をもとにしてまとめた。ダウンロードができるページへのリンクはこちら。

Park, J., Yamaguchi, S., Sawaumi, T. & Morio, T. (2018). Dialectical thinking in control orientations: A new perspective on control orientations. In Spencer-Rogers, J. & Peng, K. (Eds.), The Psychological and Cultural Foundations of East Asian Cognition (pp. 309-334). Oxford University Press.

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