不安はどこから来るのか

ジョン:(ピーターは)僕たちの父親ではない。
彼ったら、僕たちが教えてあげるまで、どうしたら父親になれるか知らなかったんだもの。

ピーター:ウェンディ、母親というのはキミが考えているようなものではないよ。
僕は窓はいつも開いているものだと思って外へ飛び出し、何カ月も家を離れていた。
それなのに、ある日戻ってみたら、窓はしっかり横木まで渡されているし、僕のベッドには別な男の子が寝ていた。
ママは僕のことなんか、きれいに忘れちゃったのさ。

母親に拒否された子どもの心に”不安”は根づく

ピーターは神経過敏すぎる。
彼の不安は「ないない島」の住人にたちまち伝染し、皆、なんだかこうピリピリしてくる。
誰でも一人や二人は知っているだろう。
大丈夫か、と尋ねると、「僕?OKかって?元気、元気、大丈夫です!すばらしい気分。最高よ。あなたこそどう?」と、気味悪いくらい元気な答えが返ってくることを。

しかし、少し冷静な目で見ると、彼の不安はあきらかに常軌を逸している。
わざわざ、臨床心理学者に診てもらったり、ロールシャッハ・テストや何時間もの心理診断を受けなくても、彼の日常の行動を見れば、すぐにピーンとくる。

彼の不安がいちばんよくわかるのは、危機感が普通でないことだ。
たとえば、フック船長が爆弾の導火線に点火したというのに、落ち着きはらって笛を吹いている。
死ぬのも、退屈な午後の過ごし方としては悪くないくらいにしか考えていないらしい。
ヒステリーでなくたって、キャーッと叫びたくなるこのおっかない状況で、平然と汗一つかかない。

しかし、ピーターは自分の影がいなくなった時、ひどくあわてた。
彼の忠実な影が思うとおりに自分を追いかけてくれないからだ。
それと、彼は他人に触れられることを極端に恐れた。
一事が万事、ピーターの感受性はまったく歪んでいる。

医師はピーターを精神障害だとは思わない。
しかし、何かが彼を悩ませていることは事実だ。
彼自身も気づいているけれど、その正体を理解できない。
漠然と何かがうまくいってないと感じている。
しかし、それを口に出すこともない。

不安な人の例に漏れず、ピーターもつとめて押し隠し、人に悟られないようにする。
苛立っていない、と言い張っても、言動の端々に不安な精神状態がチラリ、チラリと現われてしまう。
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ピーターの場合、父親から生き別れになったことと、母親に拒否されたと彼が思いこんでいることの二つが結びつき、これが測り知れない不安の原因になっている。
彼にとって、信頼して頼れる人間はどこにもいない。
彼は助けを必要としていた。

私がその時、ピーターのそばにいたなら、彼の不安を助けるには、両親に注意を向け、ピーターの神経過敏を家庭内のトラブルの現われとして扱ったにちがいない。
彼の両親の結婚生活には、どこかおかしいところがある。
父親は、自分をみじめと思っているワーカホリックだろうか。
少年は泣かないもの、と教えられて育った世代の人間なのだろうか。
母親は、専業主婦、母親役に満足しているのだろうか。
父親は、男尊女卑志向ではないのか?
もしそうなら、母親は、女権論者の役を演じているのだろうか。
パン夫婦は、結婚を続けるための努力をどれだけしてきたのか。
むしろ、惰性で結婚生活を続けているのではないか。

こう考えると、ピーターが育てられた雰囲気、その緊張感や不安を、おぼろげながら察することができる。
どうやらパン夫婦は息子に、父親にあまりくっつかないことと、母親に愛されているかどうかを気にかけること、この二つを教え込んだようだ。

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