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「占う男」

 僕の毎朝は「占い」で始まる。毎朝8時を回る少し前、家を出る直前のタイミングでその占いは放送される。こんなどこにでもありそうな占いを気にするようになったのにはあるきっかけがあった。
 去年のある日、しし座の僕はTVから流れる一つの占いをそれとなく聞いた。
「しし座のあなた!今日は何をやっても成功するでしょう。何事も前向きにチャレンジしていきましょう。そんなあなたのラッキーアイテムは靴べら。ラッキーカラーはブラックです。」
その日はたまたま黒のスーツに黒の革靴で勤め先のブラック企業へ向かっていた。意図せずとも、携帯用の黒色の靴べらがカバンの中に入っていた。
最寄りの駅には、昨日までと全く変わらず一つの黒の塊として人の群れに沿い通勤をした。しかし、その日はいつもと一味違い、淀んだ空気は一切なく、どこか清々しい心持ちで朝の通勤を終えた。
 朝の通勤を終えるという事は同時に就業の始まりを意味するわけだが、その日の会社では不思議と面倒くさいと思っていた案件が流れ、さらには定時に退社ができた。定時に退社するのはいつ振りだろうか。そういえば、今日の外回りでは一度も信号に捕まっていないのではないか。空も、心無しかいつもより青かった気までしてきた。その日、はじめて「占いはいいかもしれない。」と思った。
 その後も幾度となく、出勤するか否かのタイミングで流れるその占いはその日一日を潤した。それからの僕は毎朝の占いが生活の目的となり、次第にその信頼性は収まる所を知らず、歯止めが利かなくなってしまっていた。
 そんな生活を繰り返したある日、それは突然やってきた。いつもように大きい針が8周するよりも少し前にニュースキャスターがこう告げた。
「番組の改編に伴いまして、当番組は今日までとなります。来週からは新ニュース番組がスタートです!」
 僕は愕然とした。そのあとの占いは正直覚えていなかった。しかし、微かに聞こえたしし座の占いはこうだった。
「今日は大きな決断をすべき日。何かひとつを捨てて、新たな一歩を踏み出しましょう。」

僕は、ビルの上に立っている。
自分を捨てて、大きな死への一歩を踏み出した。

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