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「行列」

 ある町の中央通りの一角に一本の長い行列ができていた。その行列は道の端で直角に折れ、その先の店に続いているものらしかった。行列の後ろの道から歩いてきた私は、その先にこのような大勢を惹きつける人気店があるといった記憶は無かったが、とにかくそういうことらしかった。

 土曜日の穏やかな昼下がりということもあり、行列にはさまざまな年代の男女が連なっていた。時間を持て余しがてら散歩をしていた私もその行列の一員になってみようか。という興味が生まれた。しかし、どんな店に何を目的として並んでいるのかを知る必要があったが、列の先頭すなわち店をその場から見ることはできなかった。そこで私は、最後尾に並ぶ一人の男に声を掛けた。

「すみませんが、こちらの行列は一体何に並んでいるのでしょうか。」

 そうすると、男はこう答えた。

 「それが私にも分からないのです。この道をたまたま通りかかった時にこの行列を見つけまして、なぜか並んでみたい、並ばなければいけないといった不思議な感覚に襲われて‥」

 私は、好奇心と時間の消費を天秤にかけた末、最近は多くの街で、人気のラーメン屋やパン屋が軒を連ねていることもあり、勝手な憶測ではあるが飲食店であるという推測を立て、並ぶことにした。

 いざ並んでみるとこれといったストレスも無く、スムーズに列は流れていった。並び始めた時には、遠くに見えていた曲がり角に差し掛かるとさらにその奥にも長い行列が待ち構えていた。

 「これは、大した人気があるもんだな。」

心の中でそう思いながら、ふと後ろを振り返るとすでに30人以上が続いていた。それから暫く並び続け、ようやくそれと思わしき建物に近づいたものの、辺りを注意深く観察するがこれといった看板はない。その建物から出てくる客と思わしき人々は一様に何とも言えないといった表情をしている。しかし、自分の前後に並んでいる人々においては苛立つ素振りも無く、どこか安心したような面持ちで列をなしていた。

 かくいう私は、これといって苛立ちは無かったものの、抑えきれない好奇心を胸に、建物から出てきた男に声を掛けた。

「すみません。ここまで並んでおいてお恥ずかしい話なのですが、これは一体何の店なのでしょうか。」

「さあ、何だったのでしょうか。私にもよく分からないのです。」

予期せぬ回答に一瞬戸惑ったが、その人の表情から推測するに本当に分かっていないらしかった。その後、列は順調に流れ、遂に建物の中の待合まで進むことができた。店内はさほど広くない様子で、一組ずつ案内をしているようだった。また、飲食店のような香りも漂っておらず不思議に思ったが、その時の私は誰も保証し得ない謎の期待感に満ちていた。

 「次に、お待ちのお客様。」

ついに私の順番となり、店員によって案内がなされた。待合からその先に続くもう一つの扉を開け、中に入ると7畳ほどの空間に椅子やテーブルも無く、男がただ一人立っていた。 

「いかがでしたでしょうか。」

 店員と思わしきその男は自信ありげな表情と口調だったが、私には何の話かさっぱり読めなかった。

「いかが、というのは?」

 「満足してお待ちいただけましたでしょうか。待ち時間ですよ。現代の人々の特徴として、他者との深い依存関係は求めないものの、集団の一員であり続けたいという帰属意識を強く抱いているのです。当店では、その人間の深層心理を満たす商売をしております。」

 私は取り立てて怒る気にもなれない感情と同時に、確かに待ち時間に一種の充足感を抱いていたことに気が付いた。

 そして、告げられた金額を支払い、何とも言えない顔をして店を後にした。

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