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慰安婦は自らの意思で廃業できたのか?というお話

1 はじめに
 慰安婦を語る上で往々にして話題になるのが「強制性」であり、狭義の強制(拉致、誘拐、脅迫等の物理的な売春の強制)だの広義の強制(環境的に売春をせざるを得ない状況におかれること)だのあれこれあるけれど、その中で「慰安婦の廃業は軍当局の許可制であったので、軍は恣意的に慰安婦の廃業を阻止できる、だから軍は慰安婦の廃業を阻止したはずだ、だから慰安婦は廃業させてもらえなかったはずだ、そうだそうだ、そうにちがいない、これが事実!(「はずだ」なんて事実あんのかよ?)」というものについて考察するよ、よ!

2 廃業の許可制についてのあっち方面のありがちな評価
 廃業が許可制であるとする規定は、『馬来軍政監部軍政規定集第3号(昭18.11.1)』にある『馬来監達第28号 慰安施設及旅館営業取締規程』において、軍政下にある地方長官の慰安所及び慰安婦のの営業の許認可権について定めた第12条の4項(※1)にみられる「営業者及稼業婦ノ廃業許可」と『慰安施設及旅館営業遵守規則』第13条にみられる「営業者及稼業婦ニシテ廃業セントスルトキハ所轄地方長官ニ願出許可ヲ受クベシ」(※2)が挙げられている。
 許可制である以上、軍政監部には慰安婦の廃業を許可しないことが可能である、故にこの条項を適用して慰安婦の廃業を認めず、売春を強制した証拠であるという主張が一部でなされている。ホントかよ?
 ※1 馬来監達第28号 慰安施設及び旅館営業取締規程 第12条(慰資3-23)
 ※2 慰安施設及旅館営業遵守規則 第13条(慰資3-27)

3 軍政の機構
 当時のマライは、第25軍司令部がスマトラに移転し、第25軍軍政監部が廃止された後に同地域を担当するため設置された「馬来軍政監部」によって統治されており、軍政監部は軍人と文民及び現地人官僚が混在する組織であった。
 同時期のビルマ、タイ、仏領インドシナ(現在のベトナム・ラオス・カンボジア)、フィリピン、オランダ領東インド(現在のインドネシア)及びニューギニアは南方(総)軍の管轄下にあり、ここに所在する陸軍は馬来軍政監部の所在するマライ地区を含め全て南方軍の指揮下にあった。南方軍は軍政総監(南方軍参謀長兼務)をおき、これら地域の軍政を指揮させた。故に南方軍軍政総監は、馬来軍政監に対して指揮権を有する指揮系統上の上官に該当することになる。

4 『馬来軍政監部軍政規定集第3号』の位置づけ
 『馬来軍政監部軍政規定集第3号』に示される各種の規定は、軍政令と呼ばれる軍政下における法の一種であり、強制力を有する。『馬来軍政監部軍政規定集第3号』は、昭和18年11月1日に公布されたものであるが、馬来軍政監部は同年8月以降軍政規定集を盛んに交付している。
 これは、開戦後占領地が増加にするに従い、占領地に進出する商社や営業者などが増加し、その法的な各種の手続きを行う際、日本人に対する領事権を有さない軍では戸籍や相続等の管理ができず、在留邦人の管理に重大な支障を生じたため、政府は昭和18年7月27日に『勅令第六二二号・昭和十八年法律第六十一号占領地軍政官憲ノ為シタル行為ノ法律上ノ効力等ニ関スル法律』(※1)を施行したことを受けたもので、これにより、軍が領事館等が存在しない占領地において、領事館に代わる法的行為を行うことが可能になったことを受けたものと考えられる。
 また、これに併せて馬来軍政監部の上級の指揮機関である南方軍政総監部においても、昭和18年10月15日に司法組織令(南総監令第26号)、現地人司法職員令(同第27号)に併せて法人を含む在留日本人の裁判、検察、調停その他の法的行為について軍政が実施できるようにする南方軍政総監令第28号『日本人審判令』(※2)を作成し、昭和18年9月15日の司令部会同においてこれを指揮下部隊に内示、同年10月15日に公布、同年11月1日に施行した。
 この時系列から、昭和18年11月1日に公布された『馬来軍政監部軍政規定集第3号』は、占領地において日本国内法を適用可能とする『占領地軍政官憲ノ為シタル行為ノ法律上ノ効力等ニ関スル法律』及び南方軍政総監の命令である『日本人審判令』の枠内において制定され、運用されたものであるということができる。
 ※1 御署名原本・昭和十八年・勅令第六二二号・昭和十八年法律第六十一号占領地軍政官憲ノ為シタル行為ノ法律上ノ効力等ニ関スル法律ノ施行ニ関スル件(アジ歴A03022851500)
 ※2 日本人審判令(案)(アジ歴C14060669200)

5 『日本人審判令』条文解釈
 南方軍政総監令第28号『日本人審判令』においては、第2条に「日本人相互ノ間ノ民事関係ニ付テハ軍政令竝ニ民法、商法其ノ他日本ノ民事法令ニ依ル」とあり、第11条に「審判、検察、調停其ノ他手続ハ本令ニ別段ノ定アルモノ(注)ヲ除クノ外民事訴訟法刑事訴訟法其ノ他日本ノ手続法規ニ準ジテ之ヲ為スコトヲ要ス」と規定され、法的手続きにおいて国内法が準用されることを明示している。また、同令第12条に「本令ノ施行ニ関シ必要ナル事項ハ軍政監之ヲ定ム」と規定されており、軍政監は、『日本人審判令』の実行に必要な規則を定めることを命じられている。
 ここで、日本人審判令施行以降の軍政令である馬来軍政監部が制定した諸規則と国内法の関係について考察するに、昭和18年9月に『日本人審判令』の内示を受け、上記条文を承知した軍政監が、その施行当日に公布した軍政令である『慰安施設及び旅館営業取締規定』において、国内法に基づく法的手続きを無視した条項を規定することはできず、もしもそれを行った場合は命令違反となる。故に、『慰安施設及び旅館営業取締規定』は、その文章表現の如何を問わず、国内の関係法令の枠内でしか運用できないことになる。

6 日本国内法の関係法令との関係
 日本国内法の売春婦の廃業を規定した法令は、内務省令第44号『娼妓取締規則』がある。旧憲法下における省令は、各省がその権限の範囲内で定める行政手続法である。その第6条に「娼妓名簿削除申請ニ関シテハ何人ト雖モ妨害ヲ為スコトヲ得ズ」と規定されており、また、娼妓に限らず、貸借契約によって身体を拘束する契約は民法第90条によって無効とされている。『日本人審判令』第2条には日本の民事法令によるとあり、第11条には法的手続きには日本の手続法を準用せよという規定がある。この2点から馬来軍政監はその意思決定に際し日本の手続法の制約を受ける。故に軍政監が軍政令をもってその指揮下にある地方長官をして慰安婦の廃業を阻止させることは条文解釈上でも不可能である。
 

7 娼妓と酌婦の位置づけ
  慰安婦は酌婦という名目で契約しており、娼妓として契約していないので娼妓取締規則の適用を受けないので、自由廃業できない。という主張をする者も見られるが、慰安婦の契約書には「娼妓同様」と明記されているもの(※1)も確認されており、娼妓契約と見るのが妥当であろう。
 また仮に、娼妓契約ではない通常の雇用契約及び前借金契約(丁稚奉公、女中奉公などがこれに該当する)であった場合においても、内務省警保局が「債権を確保するが為に人の自由を拘束するが如き契約を為したならば、民法九十条 により公序良俗に反するものとして無効となる」(買売春問題資料集成 : 編集復刻版 : 戦前編 第20巻 (買売春管理政策編 7(1931年)p.166)という見解を示しているとおり、娼妓取締規則によらずとも、その契約は無効である。
実際、『昭和十一年中ニ於ケル在留邦人ノ特種婦女ノ状況及其ノ取締(※2)』に「事実上ノ娼妓稼業ト見ラルル本業ハ抱入ニ際シ幾分ノ前借アルヲ免レズ又此等ノ者ニシテ自由廃業等ノ申出ヲ為ス者等アリテ其ノ都度臨機ノ措置ヲ講ゼリ」とあるとおり、日本政府は酌婦等と呼ばれる私娼についても自由廃業の手続きを行っており、私娼は自由廃業できない、という主張も事実と異なるものである。
 慰安婦の契約上の立場がいずれであるかに関わらず、日本人審判令により日本の民法が適用される以上、娼妓取締規則に関わらず身体を拘束する契約は無効となるので、軍は慰安婦の廃業を阻止することはできない。

政府調査「従軍慰安婦」関係文書資料第1巻p16
政府調査「従軍慰安婦」関係文書資料第1巻p437

図書 不二出版, 2003.6)

8 まとめと関連事象
  以上の事から、法令、南方総監令及び軍政令相互の関係から、条文上で『馬来監達第28号 慰安施設及び旅館営業取締規程』第12条の4項「営業者及稼業婦ノ廃業許可」を軍が慰安婦に対して廃業を恣意的に阻止できたと解釈することはできず、また、軍の指揮系統上からもそれが不可能であることが解る。結論としては「軍の妨害を受けずに廃業できますね。」
 
< > 内2022.8.26付記)この他、芸妓酌婦雇用契約規則第9条「稼業婦ガ本契約締結ノ日ヨリ満六ケ月以内ニ於テ雇主ノ意ニ反シ解約セントスルトキハ雇主ニ対シ相当額ノ違約金ヲ補償スルモノトス但シ其ノ金額ハ所轄地方長官ノ承認ヲ得テ決定スベシ」を「軍政が違約金を吊り上げて慰安婦の自由廃業を阻止するためのもの」と主張する者がいるが、本来慰安婦の自由廃業は雇用主にとって避けたいものであるので、高額な違約金で慰安婦の廃業を阻止したいのであれば、「雇用主の定める違約金を支払え」という規則で十分なはずである。
 この条項は、違約金を事前に定めることが民法上の不法行為であること、雇用主の自由に違約金を定めさせた場合、それこそ違約金を不当に吊り上げて慰安婦の廃業を妨害するおそれがあることから、そのような事案を防止するための行政の指導・監督としか読むことはできない。
 これに関連する事象として、南方軍政総監は、オランダ領東インドもその管轄下に置いており、ジャカルタに所在する第16軍軍政監部もその指揮下にあった。昭和19年2月にその第16軍管轄地において発生したオランダ人抑留者に対する売春強要事件である所謂「スマラン事件」において、第16軍が慰安所開設にあたり「自由意思の者のみの雇用」「本人の同意の確認」を命じていたこと、陸軍省から南方軍及び第16軍に対して、売春の強制の事実が伝えられるや直ちに慰安所閉鎖を命じ、被害者全員を解放し、必要な医療を提供したこと、廃業を許さない慰安所から脱走した複数の慰安婦について、事情を把握した後に廃業の手続きをとらせていること、強圧的な募集に対して憲兵が介入してこれを阻止していること(※1)から、少なくとも陸軍省、南方軍、第16軍においては、軍として自由意思によらない売春を強要することを容認していなかったと言えよう
 ※1 日本占領下インドネシアにおける慰安婦-オランダ公文書館調査報告- p119、p120

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