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長崎地裁及び長崎控訴院における「国外移送誘拐被告事件」について

1 はじめに
 共産党が国会で持ち出した長崎における誘拐事件について、共産党の紙智子議員が「政府の見解は如何か(キリッ」とかイキっていたり、その追従者が軍が関与していただとか、売春婦の国外移送が誘拐に問われているから慰安婦も誘拐とか言ってるとか、そういうお話があるけどホントなの?というお話。
 第204回国会(常会)質問主意書 質問第一一六号

2 事件の概要
 上海で海軍相手の私設の娼館を経営していた男が、昭和7年に上海に駐留する海軍陸戦隊を客として「海軍指定慰安所」の名称で事業を拡大しようとし、日本国内で女性を集めて上海に送り込み、国外移送誘拐罪に問われたもの。

3 海軍関係者による犯罪であるとの主張について
 この判決を「海軍関係者が犯した犯罪が有罪になった」と主張する者が散見されるが、果たしてどうであろうか。
 被告が軍が設置する慰安所の従業員であった場合、その法的立場は酒保要員等と同じ「軍従属者」(※1)となる。海軍の軍従属者を被告とする刑事裁判は、海軍軍法会議法第1条3(※2)により、海軍軍法会議の管轄であることが定められているが、この裁判は、長崎地裁及び控訴院で判決が出されていることから、明らかに軍人や軍の組織が関与したものでも軍関係者が犯した犯罪でもない、一般人の民間人による犯罪であることが確実である。
 また、判決(※3)によれば、被告人は上海事変以前の昭和5年11月頃から上海において海軍陸戦隊相手の娼館を経営しており、上海事変勃発にあたり海軍の委任契約(請負)によって開業した業者ではない。上海事変後の事業拡張も軍の要請や命令でなく、経営者独自の判断で行われていることが判決からも明らかである。
 では、当該裁判に見られる「海軍指定慰安所」とはいかなるものか、については、『上海に於ける外出員心得 昭和8年11月』(※4)(当該文書にある指定慰安所「曙」が被告人の経営する慰安所)を参照すると、当時の上海は、戦闘行為は落ち着いたものの、上海事変以前からの反日感情の高まり、各国の権益・警察権の錯綜等による治安の不安定さを抱え、また、衛生環境は劣悪であった。上記心得の趣旨は概ね次のようなものである。

・治安の悪さを強調、相手の国籍を問わずトラブル防止を注意
(ぼったくり等の金銭、言語の問題、人種差別、不良分子、酩酊等)
・衛生状態の悪さを強調
(赤痢・性病等の蔓延、不衛生な飲食物による中毒、伝染病の罹患)
・租界内の権益への注意
(治外法権下における各国の警察権、現地工部処の権限の錯綜、租界外では武装解除を受け拘束される等)
 上記トラブル防止のため、外出先を統制。単独行動の禁止(散歩地域)
外出時の飲食・遊興場所を日本人居留区内に指定(旅館、映画館、飲食店、ビリヤード場、浴場、売春宿等)
※飲食物等については協定により定価を定めているものあり

このように、現地おける治安・衛生上のトラブルの防止のため、日本人居留区内の既存の営業者のうち、治安・衛生上の問題がないであろう者を外出先に指定していた、というのが当該裁判における「指定」の実情であり、他に見られる軍が貸座敷業者を選定し、営業規模や営業地域を定めた委任契約(請負)とは異なり、軍と経営者の間に契約上の指揮関係を生じないものであったため、経営者は陸軍の『野戦酒保規定』にみられる酒保の一部として設置される「慰安施設」従業員のような「軍従属者」に当たらず、裁判権は海軍軍法会議でなく、事件発生場所の長崎地裁、同控訴院で実施されたと思われる。

 ※1 昭和18 3297暗『軍従属者ニ対スル旅行許可ノ件』(慰資1-169)
 ※2 法律第九十一号・海軍軍法会議法(アジ歴A03021305100)
 ※3『大審院刑事判例集. 第16巻上』p.254「国外移送誘拐被告事件」
 ※4『上海に於ける外出心得 昭和8年11月』(アジ歴C14120189800)

4 海外に娼妓を送ったことが誘拐罪に該当するとの主張について
 被告は、昭和5年以降上海において娼館を経営しており、昭和7年の上海事変勃発により海軍軍人(海軍陸戦隊)が上海に多数駐屯したことを契機に事業拡大をもくろんで起こした昭和7年の行為について有罪判決を受けている。この際、昭和5年11月以降の娼館経営に関する娼妓の上海への移送については起訴されておらず、何の罪にも問われていない。
 このことから、娼妓を海外に送る行為自体は誘拐の構成要件ではないことがわかる。
 本事案で国外移送誘拐に問われたのは、「婦女雇入ニ際シテハ其ノ専ラ醜業ニ従事スルモノナルコトノ情ヲ秘シ単ニ女給又ハ女中トシテ雇フモノノ如ク欺罔シ勧説誘惑シテ上海ニ移送セムコトヲ謀議」、つまり、売春をするという事実を隠し、女給や女中であると騙して上海に送り込もうと計画し、それを実行したことである。
 以上のことから、この事件が有罪であったことをもって、他の慰安婦の国外への移送も国外移送誘拐罪に該当するという主張は成立しない。

5 結 論
「長崎地裁及び長崎控訴院における国外移送誘拐被告事件」は軍が直接または間接に関与したものでもなく、軍が当該慰安所になんらかの指揮関係を有するものでもなく、単なる強欲な民間の営業者による欺罔による誘拐というだけであり、慰安婦というシステム全体の非合法性をなんら立証しない。
共産党空振り、というお話で終了。

※第3項の内容に誤りがあったので修正(2022.8.25)

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