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4.中空土偶(著保内野遺跡)

1975年8月、地元の主婦小板アエさんが旧南茅部町(現函館市)尾札部著保内野の畑でジャガイモの収穫中、クワの先がガチリと何かに当たった。取り上げて土を落としてみると、目と鼻が出てきたので腰を抜かすほど驚いたそうだ。あまりに人の形に似ているので、祟りがあってはいけないと思い、すぐに近くのお寺に相談に行った。その後、中学生だった娘さんが「お母さん、これ埴輪かも知れないよ」と言って教育委員会に届けてくれた。これが、後に国宝となる土偶発見の経過である。その娘さんのアドバイスがなかったなら、この土偶はお寺に安置されたまま、世に知られることはなかっただろう。

土偶がつくられた時期は約3,500年前の縄文後期後半で、内部が中空になっていることから「中空土偶」と呼ばれている。ほぼ完形で見つかっているが、両腕と頭頂部2か所の冠状装飾が欠損している。両脚の間に筒型の装飾があるのが特徴。紋様は撚りの方向が違う2本の縄原体を転がした羽状縄文と細い粘土紐による微隆線紋、光沢のある磨消縄文、円形の刺突紋、背面の渦巻紋様の沈線紋で構成されている。
高さ41.5cm、幅20.1cmと中空の土偶としては国内最大の大きさであり、造形的にも優れていることから、1979年に重要文化財、2006年の土偶出土地点(著保内野遺跡)の再発掘調査を経て、2007年に北海道で初めての国宝に指定されている。

この土偶には、「茅部の中空土偶」という意味で「茅空(カックウ)」という愛称が付いている。このカックウの活躍はめざましく、国宝指定の前から、ベルギー王立博物館、スミソニアンの博物館、大英博物館など、海外の主要な博物館に出張し、国宝指定直後には北海道洞爺湖町で開催されたG8サミットにも出席した。奇しくもこのサミットの主要テーマが「環境問題」であったため、カックウの展示台に「日本には自然と共生して1万年以上存続した縄文文化があり、その精神は私たちのなかに脈々と流れている」という解説を英語とフランス語で掲示し、自然環境の大切さを訴えた。2009年には大英博物館で開催された「The Power of DOGU」に参加し、私も多くの日本の土偶ファンとともに当地を訪れ、海外の研究者との交流を深めた。

さて、この土偶の両腕と頭頂部2か所の冠状装飾が欠損していることは先に述べたが、この土偶だけでなく、ほとんどの土偶は壊れた状態で出土することが知られている。これについては故意に破壊したという説と偶然に壊れたという説の2つがあり、いまだに統一的な見解に至ってないという状況であったが、CTスキャン(Computerized Tomography) 調査による土偶の製作方法の調査によって、ある程度の結論を得ることができた。
CTスキャンを依頼したのは市立函館病院だが、当初は人間を検査する目的で購入した医療機器なので、人間以外のものを診察するわけにはいかないと断られた。しかし、「この土偶にはカックウという名前があるんですよ」と交渉すると、「じゃあ、診察カードを作りましょう」ということになり、診察カードを作ってくれた。カードに記す性別は「女性」だが、年齢は「3,500歳」というのが作れないらしく、記載可能な範囲で一番古い「明治2年」にしてもらった。いま考えるとカックウの発見日にしてもらえば良かったと反省している。

カックウの診察券
CTスキャンを受けるカックウ

CTスキャンによって内部を観察すると、壊れないように粘土の接合面を指でなでて補強している箇所と、補強せずそのままにしている箇所があることが分かった。中空土偶を作るためには粘土紐を輪にして積み上げていくのだが、胴部や肩については丁寧に補強し、脚部については外側だけを整形し内部は補強していない。縄文土器作りの巧者である縄文人が粘土紐を重ねただけだと簡単に壊れるということを知らない訳がない。しかも、接合面が補強されていない箇所は、文様帯の区分に完全に一致している。つまり粘土紐を積み上げる段階で、土偶の作り手の頭の中では紋様構成がすでに出来上がっており、壊れた場合も文様帯の途中ではなく、区切りの良いところで壊れるように計算しているのだ。縄文人の美的センスに驚かされる。一つの土偶のなかで壊れないように補強する部分と、壊れやすい部分を意図的に作り出していることから、壊れることを前提に作っていると判断することができるだろう。

カックウの内部(粘土を重ねたカ所の調整の有無が分かる)
粘土の重ね目(左)と紋様帯の区分(右)が合致している

しかし、この段階では「壊れてもいいように作った」としか言えない。これを補足するような興味深い試みがあった。2010年に英国イーストアングリア大学でサイモン・ケナー氏が開催した土偶展“Unearthed”では、掌にのるような小さな土偶をチケットとして渡し、入場者は途中でこの“チケット”を割って小さな箱に入れるという企画を試みた。しかし、ほとんどの人が壊すことができずに持ち帰ったとのこと。
人形(ヒトガタ)を壊す行為、しかも、思いを込めて作った人形を壊すという行為には、相当の心的なストレスがかかることだろう。一部を除き、土偶は縄文時代を通してほとんどが壊れた状態で出土するのだから、もしも意図的に壊したとすると、そこには土偶を壊すということを肯定する集団的な心性がなければ成り立たない。
ここに、日本列島に一万年以上蓄積してきた共通の価値観、即ち、破壊(死)が再生(生)の始まりであるという日本的な霊性の原点があるのだろう。カックウはその大切さを私たちに語りかけている。

チケットとして渡された土偶

5.土笛形土製品(垣ノ島遺跡)
https://note.com/jomon_jazz2501/n/n09b47d47f807


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