作家・森博嗣の5冊を選んでみる

 他の記事でも書いていると思いますが、私は、読書家というわけではありません。基本的に、本を読むことは嫌いですし、平均して、マンガの方が好きです。
 ですが、そんななかでも、「これは素晴らしい」と思う作品もいくつかあって、特に、森博嗣という作家の作品には、それが顕著でした。最も、「馬があった」と言えるかもしれません。
 年齢を重ねてくると、若い頃に嗜好した作品タイプとは違うものが好きになってきました。特に、フィクションにそれほどの価値を見いだせなくなってきました。それよりも、作者が何を考えているのか、何が好きなのか、と言った観点が、私には価値があるように、最近では思えます。
 ですので、ここでは、ノンフィクションに限って選んでみたいと思います。小説はもちろん、絵本もここには入れません。
 順不同にしましたので、好きな順番というわけではありません。

No.1 ミニチュア庭園鉄道(1~3)

 これは、発売当初から今まで読み倒しています。就職のために家を出るときにも、このシリーズは持っていきました。

 何がいいのか、最近まで、言語化ができませんでした。もしかしたら、自分は鉄道模型が好きなのか? と思いましたが、どうやらそうでもない。ものづくりもさほど興味がない。では、どうして、これを手に取ってしまうのだろう??

 おそらくここにあるのは、「誰にも役に立たないもの」です。しかしここには、一人の人間の生き様や思考・嗜好が如実に表れています。これほどまで、個人を抽出した、「最後の一滴」のようなものはないでしょう。

 誰の評価もいらないし、共感もいらない。でも、もしかしたら、万が一、誰かの役にたつかもしれないから出してみる。それが、当初のインターネットの価値だったように思います。今は、「聞いてほしいこと」に溢れていて、すでにその価値はゼロになっています。ここには、昔はあったはずのインターネットの素晴らしき価値がそのまま残っています。

 私がこの本に惹かれ続けているのは、ここに「生の楽しみ方」を見出しているからかもしれません。本を開くとワクワクする。これ以上の人生指南は、おそらくありません。

No.2 I Say Essay Everydayシリーズ(全5冊)

 森博嗣は、「日記作家」であると私は思います。ほとんど途切れることなく描き続けて、20冊以上の日記を上梓しています。その中で、このシリーズは最初期にあたります。デビュー直後、「夏のレプリカ」執筆前後から書かれたものです。

 おそらく、一番人気というのは、MORI LOGシリーズではないでしょうか。これも非常に価値が高かったと思います。ですが、私は最初期のシリーズの方が好きでした。それは、「本人が自主的に発表した唯一のシリーズだから」です。

 当初はファンサービスだったと思います。ですが、そこにあるのは本人の行動と思考。趣味嗜好。内容も少々過激で、若さゆえなのかサービスなのか。私の現在の社会的な思考は、ここから発展させたものが多いです。もちろん、すべて受け入れているわけではありません。それほど盲目的ではないつもりです。ここには、その後のエッセイのエッセンスは、ほぼすべて書かれています。なので、その後のエッセイはまだあまり深く読んでいません(反省)。

 このシリーズの一番の価値は、「脚注」です。脚注は、作者が作成したものではなく、他の方(前半と後半で別の方)がご担当され、作者は時々質問に答える、というスタイルでした。この脚注が素晴らしい。過去の森博嗣のコンテンツに限らず、社会情勢、流行、サブカルチャーなど、その範囲は広く、百科事典を作る作業に近い。

 ここにあるのもまた、愛の形だと思います。

No.3 臨機応答・変問自在

 森博嗣は、かつて国立大学の助教授でした。氏の講義のスタイルは、「試験なし」「成績は、毎回の講義の後に提出させる質問でつける」というものでした。毎回、その質問に回答して、次の講義に配っていたといいます。この本は、その質問から一般向けになりそうなものを抜粋したものです。

 とにかく回答が面白い。これはすごいな、と思いました。なにより、成績をつけるといいながらも、「そんな質問をするのか」という学生たちに癒されます。ある意味、安心しますね。

 回答のスタイルは普遍で、答えるか、わからないというか、はぐらかすか。はぐらかしにもいくつかの種類があって、問い返す、質問自体を批判する、などといった、種々のテクニックが見られます。

 教官としての考え方、教育について、といった思考が垣間見えるのも興味深いです。「教官と教科書は同じ存在」という言葉は、非常に重みを感じます。つまり、受け手によって価値が変わるというものです。学生は、お金を払って授業を受けているのに、どうして眠るのでしょうか? この問いに答えられる人は、まだ世界にいないのではないでしょうか。

 続編が出たのですが、その時は、質問を一般募集していました。これがまた、まったく面白くない。はっきり言って、レベルが低いです。森博嗣の作品の中で、この続編が最低です。質問がまったく面白くないからです。狙っているとしか思えない。気に入られたい、掲載されたい、かっこいいと思われたいと言った、くだらない見栄みたいなものの集まりに過ぎません。

No.4 君の夢 僕の思考

 主に小説作品から、印象的なセンテンスを取り出した、詩集です。本格的な詩集としては、「MATEKI」がありますが、こちらの方が好きでした。フィクションではありますが、ノンフィクションとして取り扱いたいと思います。

 森博嗣は、「写真作家」でもあると思います。印象的な写真が数多くあります。この本には、巻末に使用した写真のリストがあって、その写真の一枚一枚にタイトルがついていました。そのタイトルが、また詩的で素晴らしい。かなり影響を受けました。そのまま、小説作品のタイトルにしても良いレベルのものばかりです。

 初期の森博嗣の小説には、詩的なセンテンスを意図的に散りばめていたように思います。それは、氏が「ホーギーシリーズ」を指向していたり、少女漫画の影響が大きかったりするからかな、と想像します。いずれも、「詩的」なムードが高いレベルで構築されていますから。

 そこから、単独でも美しい、ポテンシャルの高い言葉たち。芸術性とポピュラリティの融合だと、私は思っています。

 森博嗣は、「言葉」の作家だ、と思います。

No.5 工作少年の日々

 このエッセイの前後には、名作エッセイがいくつもあります。「悠悠おもちゃライフ」「森博嗣のTOOL BOX」もこの時期数年間です。いずれもテーマが違うので、ほとんど被っていないのが驚異的です。

 これも、No.1と重なりますが、特に作者が好きなもの、日常で感じたものの内容が顕著だったので、選びました。

 特に印象的なのは、やはり奥様との会話・エピソードです。(おそらく)一般的な感覚の持ち主である奥様と、(おそらく)一般的でない感覚の作者。どちらがいい悪いではなくて、その噛み合わなさが、家庭を持って今ならば強く共感できます。いずれも、微笑ましいものばかりです。本人たちはどうかは、本当のところはわかりませんが・・・。

 これだけの噛み合わなさが普通だよな、と思うわけです。それを、わからせよう、引き入れよう、理解されようとするから、歪みが生じる。そんなものだよね、くらいで終わらせればいいのに、どうしても強い干渉を試みる。夫婦生活に限らず、人間関係で起こる多くの問題は、この歪みに起因するのではないでしょうか。

 確か、連載は小説雑誌だったと思いますが、巻頭に、氏のカラー写真と一文が載っていたように記憶しています。当時、慌てて古本屋でいくつか集めましたが、すべては無理でした。これはどこにも公開されていないのではないでしょうか。どこかで見られないかな、と今でも期待しているのですが・・・。

終わりに

 こうしてまとめてみると、森博嗣にはエッセイにも名作が多いです。「科学的とはどういう意味か」「「 やりがい のある仕事」 という 幻想」といった名作もありますが、それだけじゃないよ、たくさん素晴らしいものがあるよ、と改めて思えました。良い機会になりました。

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