フォトジェニックな彼女

彼女はきれいだ
きれいなのはもちろんなんだけれど、
どの写真に写っていてもサマになる
背も高くて、スタイルも良いし、
ブスになる瞬間なんかないみたいだ

いいなぁ、と私は思う
そうなりたいと思うほとんど全てを持っている彼女
なんか、強いのだ
目を引く、かわいい子はたくさんいるけど、
彼女は全然強い  
もっと目立ちたいとまで言っていた

昔いつだったかうっかり同じ鏡に映ってしまって、
自分がとてつもなくブスに見えたことを思い出した
公開処刑ってやつだ
そんなこんなで、彼女は好きだったけれど、
一緒に並ぶのは嫌だった
いたたまれない気がしていた

彼女はきれいがパワーだってことに
思うより配慮はしていないようだったから
よく誤解を受けて、失礼だなどと言われていた
でも、相変わらずさばさばしていた
私はもっとみじめになった

彼女の強さが羨ましかった、と思う
あんなふうにきれいに生まれたら、
自分らしく強くいられたんだろうか
結婚なんかもせずに、生きていけただろうか
ぐずぐずと前の人に迷惑にならないように
目立たないように
列についていくだけの自分   
彼女のように颯爽と人をかき分けて進むような強さがなくて、
うまく生き抜く戦略ばかり考えている卑屈な自分

きれいな形で生まれる、という不平等
頭のよさも、運動神経のよさも、努力できるかすらも
そう生まれるという不平等がある
親ガチャなどというけれど、
お金や気持ちに余裕がある両親か、
面倒を見てくれるかどうかまであらゆる面で不平等はある
みんな口には出さないけれど、
どこまでいっても不平等は横たわっている

「あなたにはあなたの良さがある」
なんて綺麗事を言うのは誰?
どっちがいいかなんて見たらすぐわかる
痩せれば?鼻を整形すれば?高額美容医療に投資すれば?
でも知ってる
もうどうしたって、彼女にはなれない

結局、神様がくれる幸福は驚くほど平等だと、
子供の頃読んだ本には書いてあったのに

私は整形をする人の気持ちがわかる
どんなにきれいになったかと気にしてしまう
人を騙してぬけがけしようとする人の気持ちも
人を攻撃して自分の幸福を感じようとする人の気持ちも
辛くて部屋から出られなくなる人の気持ちも
だって、ずるいよね
なぜこんな負け戦を続けなくちゃいけないのかって
思うし、やめたくなるよね

私はきれいに生まれた彼女が
それから、才能を持って生まれた誰かが
結局は妬ましいだけなのだ
ずるいずるいずるい

今日だけは、でも、と自分を納得させる綺麗事を
言うのをやめる
羨ましい、それでいいのだと思う











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