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家族丸ごとシチュー

「一人の人に縛られるのってだるくない?」
料理をしようとしている私の背に
娘の加奈子が突然そんなことを言う。
「お父さん一人を…ってこと?」
「そう」
振り返ると加奈子はダイニングテーブルで頬杖を
ついている。
なるほど。私は再び加奈子に背を向け一瞬考える。そして
「これをお父さんだとします」
そう言い、右手に玉ねぎを持ちかざした。
「玉ねぎぃ?」と不満そうな加奈子を無視し私は玉ねぎの皮をむきスライサーでスライスする。
目に痛みを感じ「うっ」と声が出た。
それを見た加奈子は
「あー確かに納得。お父さんよくお母さんのこと泣かすもんね」
と馬鹿にしたように笑う。私は気にせずスライスした玉ねぎをたっぷりの水にさらした。
「お父さんは確かに家では堅物だしツンとしているけど、こうして水に…外に放てばツンとすることもないし癖もなくなって誰とでも馴染むのよ」
得意気な私に
「えー、それでもツンとして辛いよ」
娘は屈しない。ならば
「それならここでお母さんの登場です!じゃあ加奈子、お母さんを野菜に例えるなら?」
振り返りウインクする。加奈子は目をぱちぱちとさせたが、やがて
「ブロッコリー…天パだから」
と、盛大にニヤついて答えた。
「オッケー。ブロッコリーね」
私は野菜室からブロッコリーを取り出し鍋に湯を沸かす。
その間にもう一つの玉ねぎを串切りにし別のフライパンで炒める。ブロッコリーは食べやすい大きさに切っておく。
「やっぱ育った環境も違うとぶつかるよ」
加奈子が突然そんなことを言う。
少し前までは好きな子が出来たとかクラスで誰がかっこいいとか能天気なことばかり話していたのに。 
娘の成長は早い。
私は沸騰した湯に塩とブロッコリーを入れ茹で始める。
その間に水に浸した玉ねぎを取り上げ水気をよく絞る。
「聞いてる?」
催促する加奈子に私は「聞いてるよ」と背中で答えた。
少し早めに茹で上げたブロッコリーを水切りした玉ねぎをボウルに入れ私は加奈子の方を向いた。
「形や大きさ、育った環境が違っても大丈夫よ。お互いこうやってぶつかって、時に迷ったり、甘い思いや、酸っぱい経験をして一つになれるから」
そう言いボウルに砂糖とマヨネーズ、酢を軽く入れブロッコリーと玉ねぎを混ぜ合わせる。
「あ」
「なに?」
これも必要か。私は戸棚からあるものを取り出し加奈子に見せる。加奈子は軽く上半身を乗り出した
「すりゴマ…?」 
「ゴマすりよ!これがあってこそ夫婦。さあこれで夫婦の愛の結晶サラダ完成!」
どや顔でボウルを見せつける私に
はいはいと呆れ椅子に深く座りなおした。
その時、
「お母さん!やばいやばい!お父さん!!
放置しすぎて怒ってる!」
「へ?」
誇らしげな私に血相抱えた娘がフライパンを指さす。
そこには先ほど炒めていた玉ねぎが少し焦げていた。
「あぁ放置しちゃってた✩」
私はくすっと笑う。
「大丈夫なの?」
心配する加奈子を背に私は玉ねぎを炒める。
「大丈夫!料理の先生が多少の焦げは旨味になるからって言ってたから…あ、そろそろあなた達の出番よ」
そう言い私は箱の中と冷蔵庫からそれぞれあるものを取り出した。
「これはお兄ちゃん」
まず、右手にジャガイモを持ち加奈子に見せる。
「ぷっ!確かに!兄貴坊主だし」
加奈子は笑いながら納得する。
そして
「これは加奈子」
私は右手に鶏もも肉のパックを持ち加奈子に体ごと向けた。
「え…」
加奈子から笑顔が消える。
「…巣立つから?」
下を向き絞り出すように言う。
「違う。あなたはこれからいろんな世界を私たちに見せてくれるから」
私は娘に笑顔を向けた。

それから3時間ほど経ち夕飯の時間になった。
ダイニングテーブルに私、その隣にお父さん、その向かいに加奈子が囲む。
テーブルの上には先程作った『夫婦の愛の結晶サラダ』とシチューが並んでいた。
「確かに玉ねぎ辛くないねー」「ごまが良いアクセント!」
加奈子はしゃべりを止めることなくサラダを夢中で口に運ぶ。
そしてシチューに手を付けようとしたとき
「お母さん」
加奈子は眉間に皺を寄せ私を見る。
「玉ねぎはお父さん、ブロッコリーはお母さん、ジャガイモはお兄ちゃん、
鶏肉は私。…じゃあこれは誰?」
スプーンの上には神々しく人参が光っている。
私はくすっと笑い「誰でしょう?」と問う。
加奈子は一時考えていたが「ヒントは家族」 
という私の言葉に
まさかという顔をした。
「そう、たかしさん」私は微笑み答えた。
たかしさんは加奈子のお付き合いしている男性だ。
「なんで…」
少し悲しそうな顔をする娘に 
「家族だから」と、真っ直ぐ答える。  
「でもなんで人参」 
加奈子は少しムキになる。私は箸を置きゆっくり口を開いた。
「しっかり芯があって優しさもある。簡単に折れない。
それと私たち含め誰とでも仲良くなれる。
人参ってどんな料理でも会うし主役じゃなくても存在感があるじゃない?
…あなたをしっかり立ててくれるたかしさんにそっくりだと思ったから」
「…」
今まで黙っていたお父さんも箸を置く。そして
「いつでも帰って来なさい」
と言った。私は微笑み加奈子を真っ直ぐ見据える。
「玉ねぎが肉の臭みを消してくれるように何かあったらお父さんが助けてくれる。それにね、お母さんだっている」
私はスプーンを手に取り、シチューのブロッコリーをすくって見せる。
「でもお母さんは最後の最後よ!
柔らかくなりすぎて情を散りばめちゃうから!」
笑う私に加奈子は涙を溜めながら口を開く
「私結婚しても大丈夫かなあ」
加奈子の目から次々と涙があふれる。
「大丈夫。このシチューみたいにゆっり焦らにずじっくり煮込んで。心配しなくても気づいたら家族になってるから。それにね…」
私はチラッと時計を見る。
「料理って…冷めた頃に味がしまるのよ?」
意味ありげににっと笑う。そんな私を加奈子は不思議そうに見る。
その時インターホンが鳴った。
「加奈子出て」
「え私⁉」
「そう!料理はタイミングも大事!」
一瞬理解できずぼけっしていた加奈子だが
突然はっとなり服の袖で涙を拭き椅子から立ち上がる。
そして「お母さんありがとう!!」
勢いよくリビングを飛び出した。
私はふふっと微笑みキッチンへ向かう。
新しい皿にシチューをつぐ為だ。 
料理は家族が食卓に揃ってやっと完成する。  
廊下に響く笑い声が次第に大きくなってきた時
「さあみんなで食べましょう!
今日のご飯は家族丸ごとシチューよ」
私ははりきって声を掛ける。
すでに鎮座している家族達が
皿の上でキラキラと輝いていた。

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