見出し画像

🎬ミッドナイトスワン 感想

トランスジェンダーの凪沙は故郷を離れて東京で何とか自分らしく生きていた。
そんな凪沙は育児放棄された親戚の中学生・一果を一時的に預かることになる。
「子どもは嫌い」と言い切っていた凪沙と、ことあるごとに癇癪を起こす一果が次第に歩み寄り、お互いがかけがいのない存在になっていく姿を描く。

物語では終始トランスジェンダーの生きづらさが描かれていく。確かに田舎ではとてもできない女性の姿も東京・新宿ではできるだろう。何とか居場所を見つけ故郷を捨てた凪沙の思いが辛い。

しかし決して社会は凪沙を普通には受け入れてはくれない。
心無い言葉をかけられるのは日常茶飯事。
唯一仲間たちがいるショークラブだけが凪沙の心の拠り所になっている。

差別的な言葉をかけられたり理不尽な扱いをされるのは意識的なものだけではなくて、無意識に凪沙を傷つけているのだが、そのことに相手は誰も気づかない。

そんな凪沙の元で一果がバレエを始めたことで凪沙の人生も今までと違う方向へと動き始める。
何とか一果にバレエを続けさせたいと願う凪沙は、隠れるように生きていくのではなく本当の女になり母になろうとし始める。
願えば願うほど絶対に本当の母にはなれないと悩みあがく凪沙の姿は真摯で懸命。
バレエ講師の実果から何気ない場面で「お母さん」と呼ばれてうれしくなって照れてしまう凪沙は、裏で苦しんでいるゆえにより微笑ましい。

それにしてもこの映画で特に気になったのは、それぞれの登場人物の「実の親」の描き方。
親たちは子どもを自分の所有物のように自身の物差しで型にはめ、子どもの言葉をちゃんと聞こうとはしない。
凪沙の母は息子を病気と嘆き聞く耳を持たないし、一果の母も生活が苦しいとは言え全く一果の思いを肯定的には受け止めない。
そして一果にほのかな愛を感じていたりんの親に至っては、子どもも自分のステータスの道具にしてしまっている。
作り手に何か実の親に対して思うところがあるのではないだろうか?と深読みしてしまった。

物語は美しくも悲しく進んでいくのだが、凪沙が自分が本当の女で一果の母だと実感できたのは、かすかだが大きな救いのように思えた。

トランスジェンダーの生きづらさを終始感じる作品ゆえ息苦しさはあるが、ある苦しみを持った人たちを身近に感じるためには観ておくべき映画だと思う。

凪沙役で新境地を開いた感のある草彅剛と、彼の演技を真っ向から受け止めた一果役の服部樹咲の映画初出演とは思えない感情のこもった演技は見事としか言いようがない。

#映画感想文
#映画
#ミッドナイトスワン

この記事が参加している募集

映画感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?