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新宿カウボーイ・かねきよ勝則と俺

2022 8/31(水)
 
小さな子供たちがずっと笑っている。
マスクをしていても口を大きく開けて笑っているのがよく分かる。
浅草フランス座演芸場・東洋館のステージでは赤いスーツを着た男が動き回っている。
赤いスーツだから、ルパン三世のような風貌なのではないかと思うが、男の頭は禿げ、身体はだらしなく太り、背がレスラーのように大きい。
そして何より面白い顔をしている。年の頃なら40代半ば位か。
ルパン三世には似ても似つかない。
男の名は、かねきよ勝則という。
「新宿カウボーイ」という漫才コンビのボケを担当している。
かねきよ勝則は、俺が18歳の時に入学した芸能の専門学校で出会った。
同期が辞めていく中、お互い違うジャンルのお笑いで今日まで続けてきた。ちなみに、その時出会った仲間では、キャプテン渡辺もいる。
渡辺に会うと、かねきよの話になり、かねきよに会うと、渡辺の話になる。専門学校で出会ったのはもう27年も前になる。
初めてかねきよを見た時は笑った。だって見た目が面白いのだ。
今とビジュアルは殆ど同じ。それが18歳の青年である。いくらなんでも老けすぎだ。こんなにも恵まれた見た目をしている奴はなかなかいない。
当時は、ダウンタウンに憧れて芸人を目指すギラギラした目の肉食系の芸人志望の奴ばかり。俺もその中の一人だった。
そんな中、身体は誰よりもでかいのに草食系のような穏やかな目をしたかねきよの姿は時代と逆行していた。
まるで昔の寄席芸人のような空気だ。
白黒の写真で撮ったら、絶対に戦前の芸人と間違われるだろう。
俺は、そんなかねきよの姿を東洋館の照明ブースがある二階から見ていた。
そこからステージと客席を観るのが出番前の恒例となっている。
俯瞰で観ることによって会場の空気がよく分かるからだ。
このご時世にもかかわらずお客さんが入っている。
しかも今日は8月31日、夏休み最後の日だ。
家族連れのお客さんも目立つ。子供にとっては最高の思い出になるだろう。舞台上を所狭しと動き回りながら荒唐無稽、解読不能なギャグとアクションを次々と繰り出すかねきよの姿は、子供たちから見ればジュラシックパークを生で観ているような感覚かもしれない。
草食の恐竜しか登場しないから、噛みつかれることもない。
これぞ寄席のにぎわいだ。大人も子供もみんな幸せそうな顔をしている。
コロナ前の寄席の活気が、突然戻ったように見えた。
大きな拍手の中、15分のネタを走り切った新宿カウボーイが出番を終えて舞台袖へ戻って来た。
俺は袖へ行く為に急いで、二階から階段を降りた。
「おお!久しぶり」
階段を完全に降りきるまでに、かねきよに話しかけられた。
「お疲れさん、おもろかった!」
俺は久々の挨拶よりも、思わず口から感想が飛び出てしまった。
「おもろかったで~いやぁほんまによかった」
アスリート並みの運動量を終えたかねきよが一息つく間もなく、俺はたった今観た漫才の感想を話した。
「ほんとかありがとう~」
マスクをつけたかねきよの顔は、闘い終わったオリンピック選手のようだった。思わず拍手をしそうになった。
18歳で出会った時は、戦前の寄席芸人だったような男が、27年の時を経て、令和の時代にマッチしてきていた。
俺の出番は30分後だ。
「よし、おまえの落語を聴いて帰るよ」
そう言って、今度はかねきよが、二階の階段を上がって行った。
 
 
 

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