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隔離終了そして上海へ(2週間目)

10月5日

噂には聞いていたが本当にやるとは…。隔離中はほぼ毎日PCR検査をしているのだが、今日は喉と鼻のPCRを終えた後、続けてドアの取手や電気のスイッチにも綿棒を擦り付けていた。モノに対するPCR検査…言葉を失った。

10月6日

中国において日本とは一体どんな国なのかは、ホテルのテレビを見ればわかる。国際テレビには『ウルトラマン』や『僕だけが17歳の世界で』が見られるようになっていた。やっぱり日本の作品といえばウルトラマンだよな。鉄腕アトムとかあってもよさそうだったけどそもそもアニメ自体がなかった。

4枚目は日中戦争についてのドキュメンタリー。中国では日中戦争ではなく抗日戦争と呼ぶ。若い中国人と交流するなら歴史のこと深く気にする必要はないが、上の世代はそうはいかない。

10月7日

杭州隔離9日目の今日、ようやく隔離ホテル代が徴収された。WeChatやAlipayならもっと早く払えるのだが、自分はどちらも大金が入っていなかったのでやむなく現金払いで。ちなみに料金はホテル代10日間2,820元(約57,400円)と食事代10日間800元(1約6,300円)。思っていたよりは安いし支払い方法も現金対応しているのは嬉しい、現金支払いができない隔離ホテルもあるらしいので。ちなみに隔離ホテルには中国語が話せない日本人も少なくないので写真にあるように日本語の説明もあった。「隔離費用を取りに来ました。おつりはありませんのでご了承ください」的なことが書いてあるのかな?外国人が頑張って日本語用意してくれると和む。まあ現金支払いの弱点は向こうがお釣りを用意してくれない可能性が高いこと。キャッシュレス化が進んであるとこうなってしまう。でも俺は言いたい。「銀行行けばお釣り用意できるやろ」

10月8日

今日で10日間の隔離終了(出るのは明日の朝)。元々家に引きこもっていても苦にならないので、なかなかいい生活ができたと思う。正直まだ数日間は外に出たくない。

生活ゴミは2枚目の袋に入れてドアの外に置いておくのだが、感染性廃棄物って…小学生の時必ず流行る誰々菌とかそういう類のいじめだよなこれ。

10月9日

今日は昨日とは打って変わって大きく動きのある一日。

ようやくお前の全貌を拝めたよ。こんなにかっこいいホテルだったんだな。でも朝の6時にガンガンと扉をノックしてきてあと30分で出ろ!はやめてくれよ。

杭州の隔離ホテルの近くにあった朝ごはん屋。まじでこういうおばちゃん優しい。

隔離ホテルから配送車で4時間半くらいかけて上海まで向かった。その途中のサービスエリアのトイレ。トイレに行くのにもPCRの記録を見せなければならない。

上海の日常。これよこれ。俺がずっと見たかった中国はこれなんだよ。

10月10日

実は中国で有名日本語ランキング上位に食い込むのは所有を表す格助詞の「の」だったりする。日本のブランドでなくても「の」を使うことはかなり多い。「の」さえ名前に入っていれば高品質の日本製っぽさをアピールできるからだろうか。

いろいろな「の」

スマホのSIMカードを新規購入したが、電話番号もこういう縁起の良い数字が並んだものをオススメされたりする。

中国のゲームセンターで1人で頭文字Dに興じる。実は中国でもかなり人気の漫画。太鼓の達人がなくて残念。

なんやかんや初めて自分のキャンパスに行ってみた。学校の要求でまだ校内には入れないが…。

坂の多い大連とは異なり、バイク、自転車文化の上海。一見とても危険に見えるが、皆が交通ルールを無視するが故に、逆にすぐにブレーキをかけられるような心構えをしている人が多い。でも危険なことに変わりはないので油断は禁物。

生まれて始めて海外で自転車に乗った。気持ち良すぎて土から出てきたセミの気分だった。

最高。日本だとこうやって倒れてるのはまずいよな。

今日一番焦ったのは今泊まってるホテルの非常階段。エレベーターが故障していると以前言われていたので、外出時に非常階段から出ようとしたところ、なんとこの非常階段は裏側には取手がついておらず、入ることはできるが出ることはできないクソクソ設計だった。当時状況が飲み込めなかった俺は「まさかこれが噂に聞くロックダウンというやつか…?非常階段でロックダウンが始まったら俺はまじで飢え死にしてしまうぞ?」と絶望したが、当然そんなことはなく、最終的にはドアをガンガン叩いてカウンターの人に助けてもらった。「ハハっ、エレベーターもう直ってるよ!」じゃねえんだよ。

10月11日

当たったわ(お腹)

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