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【短編】海を見に

海を見に行こう
と思った
なぜ、そう思ったのかと言うと
海を見たい
と言う自分の心の奥の声が聞こえた気がしたからだ
そんな感じがしたからだ
と、誰かに言ったら 
多分、変なやつだとか、疲れてるんだよ
なんて言われてしまうだろう
と思った
でも幸い私は一人暮らしで、どこに行くのか なぜ、そこに行くのかを誰かに説明したり、聞かれたりすることはない
気楽だけど、少し寂しい感じもする
と、支度を終えた自分の姿を鏡で見ながら 私は苦笑いをした
そして、私の愛車の銀色のスクーターに跨った
景色が流れるように見える
風を切る音が聞こえる
ここ最近の憂鬱が洗われていくようだと私は 感じた
軽快に私と銀色のスクーターは、海への道を 走っていく
小一時間走ると、ふわっと潮の匂いを感じるようになった
そして、私の視界にキラキラとひかる海がチラチラと見えてきた
かすかに波の音も聞こえてきた
私は、海岸線を左に海を見ながら走った
そして、目的の海岸に着くと駐車場にスクーターを止めた
夏の終わりの海には、もう海水浴客は見えなかった
遠くの波間にサーファーたちが、プカプカ小さく見えるだけだった
私は、波の音を聞きながら裸足になり、波打ち際に打ち寄せる波に足を冷やした
ひんやりとした水の感触、打ち寄せる波が軽くくるぶしあたりを打つ感覚をしばらく楽しんだ
そうして波打ち際をゆっくりと、あてもなく 歩いていると波打ち際に一本のガラス瓶を見つけた
私は、なんとなく気になって、そのガラス瓶を拾った
ガラス瓶は、しっかり、ふうがしてあり、そして、その中には綺麗に折りたたんだ手紙が 入っていた
昔、子供の頃に外国の童話で読んだことがある
空き瓶に手紙をいれて、あてもなく海に流す というものだった
たぶん、それだから開けてもいいよね?
と、私は、自分に言い訳をしてガラス瓶の蓋を開けて中の手紙を取り出した
手紙は、書いた人が、過去の自分に向けて書いたというような内容だった
要約すると怖がらずに結果を気にせずに行動しなさい
人生に【はてな】は残すな
という感じのものだった
私は、その手紙を読みながら、この空き瓶は ここに辿り着くまでにどのくらい海を漂っていたのだろう?
そして、どのくらいこの砂浜にいたんだろう?
そして、この手紙を書いた人は、今はどうしているんだろう?
と、少し強くなった風の音を聴きながら私は 思った
頬に当たる少しベタついた風を感じながら私が物思いにふけっていると、ふいに人影が 視界に入ってきた
何気なくその人影の方を見ていた私は近づいてきた人の顔を見て
あっ
と、小さな声をあげた
そして、相手も同じように声をあげた
「足は、もういいんですか?」
と、私が彼に声をかけると 
「この通り、元通りです」
と、彼は言って、軽く自分の足を叩いて、そして砂に足を取られそうになってよろけた
一年近く前に私は彼にあった
教会の見える丘にでかけた時だった
私は、お気に入りの木の下で本を読もうと思っていたのに、その木の上に子猫が登ったはいいが降りられず
ニャーニャー
泣いていたのだ
私がただ見ているだけしかできないで困っているところに通りかかったのが今、目の前にいる彼だった
彼は、すぐに状況を察知するとためらうことなく 木に登っていった
でも、子猫は助けてやろうと言う人間の気持ちなんてわからないのか怖がって、あろうことか枝の細い方へと後退りをし始めた
このままでは枝が折れて子猫が落ちてしまう
と思った時に同じように感じた彼が子猫に 手を伸ばして、そしてバランスを崩して落ちた
みるみる間に腫れていく彼の足を見て、私は 救急車を呼んだ
そして、彼は、そのまま救急車で運ばれた
それが一回目
そして、それからしばらくして人間ドックに行った病院で入院中の彼と偶然再会した
それが二回目で、今日が三回目だ
三回も顔を合わせているのに実は、私は彼の名前すら知らない
その時、私は手に握っている空き瓶から取り出した手紙のことを思い出した
人生に【はてな】は残すな
そんな言葉が、私の頭の中で聞こえた
「今日はおやすみですか?」
と、私は彼に問いかけた
「いや、だったらよかったんですが、仕事なんですよ
僕は、緑市役所のなんでもやる課で働いてるんです
こないだの台風で遊泳禁止の看板とか色々と 壊れたり、なくなったりしたものがあるって 話だったんで見にきたんです」
と、彼は言うと、作業着の胸ポケットから名刺を取り出して渡してくれた
名刺を見ると 
緑市役所 なんでもやる課 高橋和也
と書いてあった
高橋さんって言うんだ
と、私は 三回目にして彼の名前を初めて知った
「私は」
と自己紹介しようとしたら
「綿谷琴音さんでしょ?」
と彼は言った
「なんで知ってるんですか」
と、私が驚いていうと
「綿谷琴音さーん!って、検査技師さんが呼んでたから」
と、彼は少しおどけたような顔で言った
そういえば、二回目の再会の時、検査技師さんに呼ばれて、そのまま彼と別れたのだった
と思い出した
「緑市役所にお勤めなんですね
私は、緑図書館で働いてるんです」
というと
それを聞いた彼は
「めちゃくちゃ近いじゃないですか?
実は知らないうちにニアミスしてたのかもなー」
と言った
「で、なんで空き瓶なんか持ってるんか?」
と、彼は、私の手元を指差して言った
私は、彼に言われて手に持った空き瓶の存在に改めて気づいた
そして、さっき流れ着いた手紙の入った空き瓶を見つけたことを彼に話した
それを聞いた彼は
「それいい!
俺たちで、その空き瓶に新しく手紙いれて流すってのは
どーですか?」
と、ニヤリと楽しそうに笑った
その楽しそうな彼の顔を見たら、つい
「いいですね」
と、私は答えていた
そして、彼のふいの提案になんとなくワクワク感を感じていた
彼は、鞄から手帳を取り出してビリビリと破ると、私にその紙とボールペンを渡した
私たちは、潮風を感じながら砂浜に座って空き瓶にいれる手紙を書いた
ボールペンが、紙の上をカリカリと滑る音と 
静かに打ち寄せる波の音だけが耳に響いた
私たちは、手紙を書き終わると空き瓶に手紙をいれた
そして、堤防まで歩いていくと、堤防から空き瓶を流した
その時、彼の胸ポケットから携帯の着信音が 聞こえた
「あ、やべ
上司からだ」
という彼に簡単に挨拶をして、私たちは別れた
私は、一人で砂浜を歩いた
私たちの手紙は、どこに流れ着くんだろう?
誰の元に届くんだろう?
と、考えながら歩いた
海は、さっきよりキラキラと輝いて見えるように感じた

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