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『堕天使+READEYE』第3話【創作大賞2024 漫画原作部門応募作】

 十年前、黒づくめの男二人が自宅に押し入って、悠希の父親は殺された。犯人は未だに見つからず、未解決事件として迷宮入りとなった――

「殺された理由は多分、親父が進めてた魔封石の研究に絡んでる。その証拠にほとんどの資料やデータが盗まれた。その中で唯一、難を逃れたのがその刺青と同じ模様が描かれた研究ノートだ。それは今、ここにある。見てみるか?」

 悠希は本棚に並ぶ本をよけて、その奥から頑丈なセキュリティボックスを取り出した。

「ずいぶん用心深いのね」

 悠希は「そりゃそうだろ。虎の子の一冊だからな」と言いながら、セキュリティボックスに手首の静脈をかざしてロックを外した。

「これが親父の研究ノートだ」

 取り出したのは、どこにでもあるA4サイズのノートだった。
 悠希はノートのページをパラパラとめくり、亜夢に見せた。

「ここだ」

 そのページには魔法陣のような模様が描かれており、その周りには複数の言語を使用した文字が書かれている。

「凄い……確かに同じね」

 模様は亜夢の刺青と一致していた。更に字体まで合致する。

「間違いない。やっぱ、親父が研究してたことに関係してるみたいだな。その刺青は、いつ頃彫ったんだ?」
「三年ぐらい前かな。インプラント手術の後に彫られたみたいだけど、意識がもうろうとしてたから、よく覚えてないの」
「ちょっと待て、じゃあ一四歳ぐらいでインプラント手術を受けたってのか?」
「そうね。何度も失神しかけたわ」

 悠希は耳を疑った。
 体内に精霊石を埋め込むインプラント手術は、『特殊部隊(ランブルフォース)に属する、高い魂レベルを有する者に限る』と、魔封石法で定められており、施術は無麻酔、成功率は三十パーセントを切るといわれているからだ。
 失敗すると重度の後遺症や、死亡するケースも報告されている危険な手術。それを一四歳の少女が受けるとは、一体彼女に何があったのか――
 疑問を口にしようと思ったが、口をつぐんだ。一八歳で違法手術を受けた自分にも、やむにやまれぬ事情がある。きっと、彼女にも人には言えない事情があるのだろう。

 悠希は、そういえば――と、唐突に思い出した。

「お前さ、ビルの屋上から跳んだ時、風属性の魔法使ったよな?」
「ええ」
「その後、蛇頭が《フロストストーム》を発動させようとした時は、火属性の魔法使おうとしてたけど、あれはどういうことだ?」
「あたしは、火、水、風、土、四つの属性が使えるから」
「は? それって……精霊石を四つインプラントしてるってことか? そんな術例、聞いたことないぞ」
「どんな精霊石があたしの中にあるのか、それはわからない。なんでインプラントされたのかも、わからないわ」
「そうか……」
 二人が会話を終えたその時、「ただいま~」と拓斗が帰ってきた。

***

 亜夢はボードに置かれた爆盛り牛丼弁当を見て、

「あたし、お金持ってないんだけど、いいの?」
「飯代のことなら心配いらねーよ。なにしろ今日は拓斗のオゴリだから。なっ」
「ええ、遠慮なくどーぞ」
「じゃあとりあえず飯にするか」

 悠希は亜夢に割り箸を手に渡した。亜夢は物珍しそうに割り箸を眺めた。

「あん? もしかして箸も使ったことねーのか?」
「ないわ」

 悠希は机の引き出しからスプーンを取り出し、「これなら使えるか?」と手渡した。

「うん」

 亜夢はスプーンを持ち、そのまま食べ始めようとした。

「おい、ちょっと待て。食う前には、『いただきます』だ。ちなみに食べ終わったら『ごちそうさま』って言うんだぞ」
「い……いただきます」

 牛肉を目の前に、亜夢は唾をごくりと飲み込んだ。そして、スプーンですくいあげると、パクりと頬張った。

「――んっ? なにコレ、すごくおいしい」

 目を見開いて牛丼を凝視する亜夢。

「牛丼ぐらいで大げさだな」

 悠希は苦笑いを浮かべた。
 亜夢は勢い良く牛丼を口いっぱいに掻き込み出した。
 悠希も亜夢に続いて牛丼を食べ始めた。それは久しぶりに餌にありつけた熊のような豪快な食べっぷりだ。
 拓斗はそんな悠希の様を見ながら、ちまちまと並盛りを食べ進めた。

「そんな青春飯(アオハルフード)、見てるだけで胃が痛くなりますよ」
「お前の胃腸、ジジイだもんな」
「誰がジジイですか!」 

 数分後、ボードの上に空になった牛丼の器が三個並んだ。
 悠希は満足げにソファーにもたれかかった。

「ごちそうさん。旨かったなぁ、他人の金で食う牛丼ほど旨いもんはないな」
「ごちそうさま。とても美味しかったわ」
「どういたしまして」
「なぁ亜夢、施設ではどんな飯が出るんだ?」
「フィードよ」
「あん? フィードってなんだよ?」
「あー、あれですよ、完全食ってやつです」

 完全食とは、人間が健康を維持するために必要な栄養素をすべて含んだ食品で、グミやゼリー、ドリンクなど、様々なタイプが作られている、と拓斗が説明した。

「そう、施設ではフィードを一日に十回、エネルギー補給として与えられるだけだった。だから、あたしにとって食事ってそういうイメージしかないの」
「亜夢ちゃん、その施設ってどこにあるの?」

 そう拓斗が質問した途端、亜夢の表情が調光したライトのように暗くなった。

「……それは言いたくない」
「あ……あぁ、そっか。ごめんね」

 亜夢の心境を察した悠希は、咳払いで場の空気をぼかした。

「で、その施設から逃げてきたのはいいけどよ、どっか行くアテはあんのか?」

 亜夢は少し押し黙った後、

「会いたい人がいるの。どににいるのかはわからないけど、捜そうと思ってる」
「なるほどな……」

 悠希もしばらく黙考し、

「お前に一つ提案があるんだけど」
「提案?」
「とりあえず、その怪我が完治するまで、ここにいたらどうだ?」
「は?」

 拓斗は「うんうん」と頷いて、

「会いたい人を捜すにしても、シャドウの連中は絶えず追ってくるだろうし、いくら君が強くても手負いじゃ分が悪いよ? ここは悠希さんの言葉に甘えてもいいんじゃないかな」

 亜夢は無言で俯(うつむ)いていたが、首を横に振った。

「ううん、やっぱりそれは気が引けるわ」
「なら、しばらく俺の仕事を手伝ってくれよ」
「仕事? 仕事って、配達人(デリバレーター)の?」
「あぁ。さっきも話したけど、今は人手が足りなくて困ってんだよ。それこそ猫の手も借りたいぐらいにな。お前がアシスタントとして働いてくれれば、当面の衣食住は提供するし、もちろん給料もちゃんと出す」
「……アシスタント」
「配達人(デリバレーター)は基本的にバイクで移動するし、足の怪我に差し支えない程度の仕事を割り振るからよ。それに――」

 悠希は再び亜夢の首筋に注視した。

「その刺青(タトゥー)のこと、もう少し詳しく知りてーんだ」
「刺青(タトゥー)? 悠希さん、なんの話ですか?」

 悠希はこれまでのいきさつを拓斗に説明した。

「それは、とても興味深い話ですね。もしかしたらあの事件に繋がる情報が得られるかも知れませんよ」
「ただ、無理強いはしねーよ。決めんのは、亜夢本人だしな」
「……」

 亜夢は首筋の刺青(タトゥー)を無言で触った。

「亜夢ちゃん、君が悠希さんのアシストをしてくれれば、僕は内勤に集中出来るし、取り立てに同行して怖い思いをしなくても済む。そしたら万々歳! だからお願い! お試しでいいからバイトして! ねっ、ねっ!」
「おい拓斗、全部お前に有利な条件提示してるだけじゃねーか。そもそもバイトのお前に権限はねぇぞ」
「何言ってるんですか! 悠希さんはいつも押しが弱いんですよ、押しが! 僕はね、自分の仕事がはかどるのであれば、何がなんでも亜夢ちゃんに手伝ってもらいたいんです! 大体悠希さんは――」

 またもや二人の口論が始まった。亜夢はその様子をしばらく見つめて、

「……なんか、あなた達って仲いいね」
「は? どこをどう見たら仲良く見えんだよ。亜夢、ちょっと待ってろ。この自己中ヘタレ野郎をいつかシメてやろうと思ってたからよ。丁度いい機会だ、白黒つけてやんよ」
「いやいやいや! それはこっちの台詞ですよ! 自己中? へぇ~、よくそんなこと僕に言えましたね、自己中のかたまりみたいな人が。望むところです、今日こそ悠希さんを論破してやりますよ!」

拓斗が悠希に言い返した時だった。

「……いいよ」

亜夢がぼそりと言った。

「あん?」

 悠希と拓斗は口論をやめて亜夢を見つめた。

「仕事、手伝ってあげてもいいよ 」

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