シェアハウス・ロック0615

【Live】「チェロを弾いている者がいます」

 朝起きたら階下に行き、まずコーヒーを淹れて飲む。そのときに聴くのは、ほぼバッハである。だから、私は、カフェインとバッハで毎朝目覚めていることになる。
 しばらく、コーヒーとバッハと煙草だけで過ごす。この時間が、私の至福の時間である。
 キリスト教では、人間を肉性と霊性(精神)という二項対立で考えることが多い。私は信仰には見放された人間なので、「聖書では」と言い直す。信仰に見放されても、聖書を読むことはできる。つまり、朝食を食いはじめるまでの間は、私は肉性から離れている気分なのである。
 さて、私の好きな楽器の基準は、夜逃げのときに持って逃げられるかどうかというところにある。だからバッハでも、バイオリンとかチェロとかがよろしい。無伴奏なら、さらによろしい。夜逃げ先でひとりでも、なんとかなる。
 昨日は、久しぶりにロストロポーヴィチの『無伴奏チェロ組曲』を聴いた。
 聴いているうちに、突然思い出したことがある。本日はそのお話を。
 ベルリンの壁崩壊のとき、同時中継を見ていた。多くの人が壁をよじ登り、壁の上に立ち、画面には祝祭の気分が満ちていた。中継アナウンサーが、「チェロを弾いている者がいます」と言った。
「チェロを弾いている者」が数秒だが画面に映り、私には、それがロストロポービッチに見えた。「チェロを弾いている者がいます」だと、祝祭気分に浮かれたお調子者のパン屋のおじさんかなんかを想像するが、これがロストロポービッチだとすると、話は大きく変わって来る。そのとき私は、「NHKのアナウンサーは、ものを知らねえな」と思ったのである。
 ロストロポービッチは、1970年、アレクサンドル・ソルジェニーツィンを擁護したために、ソビエト当局から「反体制」とみなされた。以降、国内演奏活動を停止させられ、外国での出演契約も一方的に破棄させられることとなった。1974年、2年間のビザを取得して出国。そのまま亡命。1977年、アメリカ合衆国へ渡り、ワシントン・ナショナル交響楽団音楽監督兼首席常任指揮者となる。1978年、ソビエト当局により国籍剥奪。
 ベルリンの壁崩壊は、1989年11月9日の夜に、ベルリンの壁にベルリン市民が殺到したことをまず指し、混乱の中で国境検問所が開放され、翌11月10日にベルリンの壁の撤去作業が始まったという一連の出来事のことである。
 ロストロポービッチだと思ったのは、私の見間違いだったのだろうか。この「チェロを弾いている者」の消息を、今に至るまで、私は聞いていない。
 ちなみに、我がシェアハウスのコレクションには、『無伴奏チェロ組曲』は以下の演奏者のものがある。パブロ・カザルス、ロストロポービッチ、ヤニス・シュタルケル、今井信子、ヨーヨー・マ(2種)、ミシャ・マイスキー、堤剛、ピエール・フルニエ(2種)。まだあるが、それは省略。
 こういった音楽に詳しい人は、今井信子で、「エッ?」と思ったはずだ。今井さんはビオラ奏者なのである。ビオラとチェロは、1オクターブ違うものの、チューニングは一緒だ。だから、今井さんは茶目っ気を発揮し(ホントか?)、弾いたのかもしれないが、それがなかなかいい。
 今井さんには、『Bach and Sons』『My Bach on Viola』というアルバムもあるが、このふたつはまったく同じものである。なんでこういうことになったのか。文庫本にはよくあるよね、単行本発行時とタイトルがまったく違うものが。これも、どちらも(笑)いいよ。

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