シェア
仙波隆綱
2022年10月24日 13:48
次第に原画のメカメカした影のものは少なくなったが、相変わらず火だるまバーニアやビーム光線の作画は多かった。金田光のような作画もあり、ZZでは自分も使ったが、あれは動きの予備動作としての意味があり、デザインとして解釈されると意味をなさない。仮にそれを使ったとしても、光線が主張しすぎてしまい、モビルスーツやパイロットの芝居を脇へ追いやってしまうから、ガンダムの様な密な人間ドラマには合わな
2022年8月8日 15:50
自分は、どんなタイプのアニメーターだったかというと、一言「ムラの多い原画家だった」方南町のスタジオは昔なじみの仲間という事もあり、昔の自分が動画兼制作進行(原動画のスケジュール管理、仕事の受注、外注への発注、事務など)もやっていたので、動画側のスケジュール指導など制作的な仕事も頼まれていた。ただでさえ線画が上手いわけでもないのに、そういうのが重なる時に描く原画は、とてもよろしくない…。画へ
2022年8月6日 21:02
当時、私は中野区方南町にある会社に勤めていた。それまでフリースタジオZ5でプロゴルファー猿の仕事をメインにしていたのだが、その制作進行であり、又、私を本橋さんに引き合わせてくれた親友が、制作会社解雇となり気持ち的に続かなかったのだ。制作進行といえばアニメ業界の中では弱者で、そんな中でも社会であるから、足の引っ張り合いやイジメが生まれる…そういう事に辟易していた。新しく務めた会社は、固定給