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諷詠二箇条|俳句修行日記

『老木に涙注げば花の咲く』という句を詠んだのだが、「俳句は物語を作る道具じゃない」と言われて口論になった。「それは言葉の中から自ずと滲み出てくるもんじゃ」と、師匠は言う。言っていることがよく分からないボクは、頭に血がのぼって「師匠の詠む句だって、ボクのと大差ないじゃん」と言ってしまった。

 口をとざした師匠の顔は、とても寂しそうだった。翌日、表書のない封書がひとつ。裏返すと、師匠の筆跡で『徘徊ス情理ノ狭間ニ軋ム如』とあった。あわてて師匠の携帯番号をプッシュするも、「おかけになった電話番号は現在使われておりません…」

 電話を置いて、手紙の封に手を掛けた。すると、開封するのを拒むかのように、乾き切らない糊が手にべトリ。
 日が暮れた。電話の応答に変化はない。意を決し、封筒の頭にハサミを入れる…
 中には、三つ折りにされた懐紙が一枚。その表に、筆で丁寧に書かれた『諷詠二箇条』の文字。絶縁状ではなかったことに胸をなでおろしたその時、インターホンが!

 駆けつけた先に、見知らぬ男が立っていた。聞けば、むかし師匠に世話になった者だと。
 ふらりと居なくなるのは、師匠の日常。男は「心配することはないよ」と言いながら、そこが定位置であるかのように師匠の席へ。そしてバタバタと、デスク周りの整理を始めたのである。

 自分の居場所のつかめないボクは、残された封書を持って外へ出た。風が強い。胸ポケットに忍ばせたものを右手で必死になって押さえながら、その時ふと、ひとつのアイデアが頭に浮かぶ。
 風に吹かれるままに只、どこへとも分からぬ師匠の影を追ってみようか…

【諷詠二箇条】
一、景色は心の投影にて、映らば情を明らかにする。こころ静かに五感を開けば、胸に眠りし神性が、言霊となって現れる。
二、苦界に生れし苦しみを、喜怒哀楽の情と変えるが人の道。道中情けに縺れなば、言葉は己の座標を示す。行手に光を求む時、縁語を用いて詠うべし。

(長らくお付き合いいただき、ありがとうございました。俳句修行日記「カッコいい俳句を詠みたいんじゃ!」おわり)