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実践万葉|俳句修行日記

 届いたお歳暮を前にして、師匠が目を閉じて動かない。首が回らないと零していたから、よっぽど嬉しかったのだろう。「これで飢えなくて済みますね」と目線を下げて気遣うと、「バカもん!」とカミナリ落ちた。
 師匠のたまう。「この句に応えずして何とする」と。「どこに句があるというんですか」と聞くと、再び「バカもん!」

 お歳暮というものには、見えずとも言葉が包み込まれているのだという。いや、その言葉を贈るために、乗り物として『物品』が利用されているのだと。
 万葉集には『寄物陳思』の部立がある。物に寄せて思いを歌うことは和歌の伝統であるが、『お歳暮』とは、それを日常生活に取り入れた『実践万葉』。贈り主が『物』に託した思いにつなげて、受取人は気持ちを返す。その気持ちが整形されたところに、真心を灯す『詩歌』が生るのだ。

「ここに詠ずることなければ、ただの物もらいに転落するもんぞ。」
 師匠が言うには、貧者が依存から免れるためには、歌が必要なのだと。物質に縛られることなく、それは、押し込められた精神を解放する。

 現代人は、金がなければ明日は来ないと錯覚している。貧乏に慣れ親しんだ師匠は常々、「何はなくとも暮らせるもんぞ」と言う。
 そして、貰ったお歳暮から目を上げて、「ひとが困難を乗り切って行けるのは、心に歌があるからじゃ」と。(修行はつづく)