シロクマ読書感想文③ ジョゼフ・チャプスキ「収容所のプルースト」(岩津航訳)、共和国

ソ連とナチスによるポーランド侵攻によって強制収容所に連行された著者が、零下40度を下回る極寒の収容所で行ったプルーストについての講義が口述筆記されたものが本書である。

著者の手元には一冊の本もない。しかし、収容所で行われたプルーストの「失われた時を求めて」についての講義は、読んでいるだけで目の前で物語が再生されそうなほど詳細なものである。『見出された時』について言及する場面では、プルーストほど鋭敏な感覚を持っていなくても、紅茶とマドレーヌの香りを感じてしまうほどに言葉が迫ってくるのは、やはりこの講義の異様な背景を知っているからだろうか。

著者は1941年に解放されるが、収容所にいた多くの人々は行方不明になる。「カティンの森事件」として知られる虐殺の犠牲になったのだ。

この講義の中には捕虜たちの生についての言及はない。「失われた時を求めて」の背景やプルーストの生涯についての話がされるだけだ。

流麗なプルースト論を読みながらも、どうしても死が差し迫った状況における文学の価値や希望やら、そんなことが頭をもたげてきてしまう。極寒の中での強制労働ののち、さらに冷え込む夜にフランス社交界の話を聞くというのは、一体どういうことなんだろう。プルーストに聞いてみたいくらいだ。

本書には詳細な後注がつけられ、内容の補完がされているほか、実際に収容所内で記されたと思われる手書きのノートのカラー図版も掲載され、大変充実した内容となっている。また、プルーストに触れたことがなくても読みやすくわかりやすいため、プルースト入門として読んでみるのもおすすめだ。


ジョゼフ・チャプスキ「収容所のプルースト」(岩津航訳)共和国、2018年。

レビューとレポート第15号(2020年8月)

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