シロクマ読書感想文⑥ 神坂次郎、福富太郎、河田明久、丹尾安典「画家たちの『戦争』」新潮社

 藤田嗣治の《アッツ島玉砕》が表紙に使われた本書は、「芸術新潮」1995年8月号「戦後50年記念大特集 カンヴァスが証す画家たちの『戦争』」の「戦争画(戦争記録画)」にかかわる部分を再編集、増補したものとのことである。

 藤田嗣治、小早川秋聲、中村研一、鶴田吾郎、宮本三郎など、いわゆる「戦争画」を描いた作家をそれぞれ解説する、編集部による部分と、著者4名の論考で構成されている。

 河田明久の論考は、戦時の画家たちの動向を国内の美術状況から解説した充実したものである。日中戦争から太平洋戦争へとなだれ込み、西欧列強からアジアを解放することを大義として、戦争への動員はこれまでと違った熱狂を帯びていく。日中戦争時には描かれなかった、敵兵や負傷した日本兵などが絵の中に登場し、演出の入った画面が作られるようになったという。また、戦後の「戦争画」の行方、つまりGHQによる接収の経緯も書かれている。当初、メトロポリタン美術館で開催予定の展覧会に出品するため、として東京都美術館に集められていた戦争画であったが、その作業がマッカーサーの知るところとなり、風向きが変わる。そこに集められた「戦争画」とは一体何なのか、が問題だったのである。
 占領軍として保護すべき美術作品なのか、それともプロパガンダなのか、結局マッカーサーは明確な答えを出さなかったようだが、集められた戦争画は1951年に「戦利品」として米国へ送致されることが決定する。戦後の混乱の中で作品の散逸、廃棄を免れたのは、皮肉にもGHQによる接収が寄与している。

 本書のために書き下ろされた丹尾安典の論考では、「戦争画」の全容をつかむため、当時発刊された書籍や雑誌に掲載された絵から、「戦争画」の領域について詳細な検討を行っている。一見すると美人画や風俗画、仏教画に見えるものであっても、その本質はすべて戦争に収奪されている。そして、戦後の画家やメディアの変わり身についても触れられている。
 本書で印象的だったのは、シュルレアリストの小川原脩のインタビューであった。シュルレアリスム系の団体に参加していた小川原は、福沢一郎や瀧口修造が逮捕されるといった危険が迫った状況の中で、中学時代の先輩で陸軍省報道部の山内という男の提案を受け、戦争画を3枚制作する。しかし終戦後、小川原は所属していた美術文化協会から除名される。自責の念もあり、東京には足を向けず、故郷である北海道で一人活動を続けていたが、ある時、福沢一郎のお祝いのパーティーのために久しぶりに訪れた東京では、挨拶をしても当時の仲間たちから無視されたり、「なんだ、生きていたか」とだけ言われたりしたという。


 本書はたくさんの図版と骨太な論考がコンパクトにまとめられており、戦争画について知るための最初の足掛かりとしてオススメだ。



神坂次郎、福富太郎、河田明久、丹尾安典「画家たちの『戦争』」新潮社、2010年。

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