【短編小説】『シロツメクサ』

自分のことを思ってくれる人と付き合うのが幸せの秘訣だ。

以前、そんなことを聞いたことがある。そしてあながちそれは間違いではないのかもしれないと、彼と付き合ってから思うようになった。

今の彼は私のことを思ってくれていると常々思う。

今日だって遠出が嫌いな私のために、近くの公園を散歩するなんていう小さなデートを提案してくれるし、歩くペースだって合わせてくれる。

なんてことのない配慮だけど、それが私には心地いい。

色とりどりの葉がぽつりぽつりと落ちはじめ、寂しくなってきた木々が並ぶ舗道をゆっくり歩いていると、目の前に大きな広場が見えてきた。広場では体格のいい男性とその息子であろう子供がキャッチボールをしている。グローブにボールがバシッと捕まる音が気持ちいい。

そんな微笑ましい様子を横目に、私たちは木製のベンチに腰をかけた。

歩き疲れた足首をほぐすように回しながら、ふと目線を下にうつすと辺りには青々しいシロツメクサが広がっていた。

「知ってる?シロツメクサの葉って人に踏まれたりして遺伝子が傷ついたものが四つ葉になるんだって」

「じゃあ幸運っていうより不運じゃん」

「まあそうだけど、傷ついたものの方がまわりより一枚多いって、なんか強い気がして僕は好きだな」

彼は何事も良いように捉える。そういう考え方は私にはできないから気分を明るくさせてくれるけど、たまに心がついていけなくなることは彼には言わない。

「そうだ、写真撮らなきゃ」

デートのたびに二人の写真を取ろうなんて小さな約束を、今の彼に提案したのは私からだった。彼は「約束にするまでもなくない?」と不思議そうにしながらも了承した。

私と彼、笑顔で並ぶ二人の幸せそうな写真。それをなれた手つきでInstagramのストーリーズに投稿する。

「みんなに見られるのって浮かれてるやつみたいで恥ずかしいなあ」
照れくさそうに笑いながらも、わたしの行動を止めたりはしない。

「いいのいいの!幸せなんだから浮かれてても大丈夫!」

彼に言った言葉を自分に言い聞かせながら、誰が見たか分かる既読欄をクリックする。

そう、私は幸せなんだから。

「寒くなってきたし今日は鍋にしようか」
「そうだね、じゃあ帰りにスーパーに寄ってこ」

彼の優しさが肌を突き刺す真冬の風とともに私を痛めつける。

見慣れた前の彼のアイコンが既読欄についたことを確認して、また彼の横に体を寄せる。

そうだ。私はこの人と幸せなんだから大丈夫。だからあなたがいなくたって生きていける。

”デートのたびに二人の写真を撮ろう”

その約束をあなたは覚えているだろうか。

たとえ隣で笑うのがあなたではないとしても、これからもあなたが見える場所に幸せな二人の写真を投稿し続ける。

幸せな姿を見せることが、私ができる精一杯の復讐だから、あの頃四つ葉になることを誓った約束を私はまだ破れずにいる。

シロツメクサ
別名 クローバー

花言葉 「幸運」「約束」「復讐」

著 じょん

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