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『ジョゼと虎と魚たち』~一歩踏み出すことで見える鮮やかな世界~


はじめての世界はとても怖くて、踏み出すのは勇気がいる。
けれど踏み出してみると、きっと、いや、必ず、色鮮やかな景色が広がっている。みずみずしい映像美とともに、一歩踏み出すことの喜びを、重々に与えてくれる作品だった。


2003年に妻夫木聡と鶴川千鶴主演で実写化され、第46回ブルーリボン賞を獲得した『ジョゼと虎と魚たち』が、2020年、タムラコータロー監督によりアニメという形でリメイクされた。本作はアニメならではの映像の鮮やかさが際立ち、緩急をつけた構成に仕上がっている。

大学生の恒夫は、メキシコへ留学する夢を叶えるためにダイビングショップで働く日々を過ごしている。
バイトを終え、コンビニ弁当を片手に買える途中、坂を車椅子で転げ落ちてくる女の子を助けたことから物語は始まっていく。

ジョセと名乗るその女の子は生まれつき足が不自由で、祖母と二人暮らし。人目を避けながら、夜の散歩に出かけるのが日課だ。
助けたその日、恒夫は彼女の祖母チヅからあるアルバイトを持ちかけられる。

それはジョゼの注文を聞き、世話をすることだった。

畳の目を数えろ、四葉のクローバーを集めてこい。
わがままで気分屋のジョゼの注文に振り回される恒夫だが、ある日、彼女の描いた絵に魅了され心を近づけ始める。

同じくしてジョゼも恒夫に心を開き始め、一人では行くことのできなかった外の世界へ踏み出し始める。

本作の魅力はジョゼのキャラクターだ。

わがままで強がりの彼女は、はじめは嫌な人間に見えるが、外の世界を始めて見たときの彼女の無邪気さはまさしく女の子そのもので愛おしい。

当たり前に見ていた風景が、ジョゼの目を通すとまたたく間にきらびやかな世界に変わる。それは海を見たり、美味しいものを食べたり、私達がこれまで生きてきた中で初めて味わった感動を、ジョゼの顔から零れんばかりの表情をもって、もう一度思い出させてくれるのだ。

彼女の初めての経験の中の一つに、人との出会いがある。
今まで家の中で暮らし、祖母と、亡くなってしまった彼女の父親のつながりだけが彼女の人間関係だった。

ある日恒夫と図書館にでかけたジョゼは司書のカナと出会う。
彼女はジョゼの愛読書であるフランソワーズ・サガンの著書を好み、意気投合する。ジョゼのその時の嬉しいような恥ずかしいような表情もまた、愛おしい。

きっと同じような体験をした人は多いだろう。

自分の好きだったものが誰かに受け入れられる喜びや、自分だけだと思っていた悲しみが、別の誰かも同じように抱えていたこと。

一人だけだった世界は他人との出会いにより、ぱあっと広がっていく。
生きていくことがより便利になり、他人との関わりが面倒に感じ、社会情勢も相まって、人との接触が減りつつある現代では、人との関わりによって得られるものも少なくなっている。

しかし、ジョゼがカナに出会って世界が広がったように、人との出会いは人生に与えられたこの世界のちょっとした優しいサプライズであり、世界への安心につながるのだ。

しかし、ジョゼにとって外の世界は美しいものばかりではなかった。
同年代の女性が着ているよそ行きの可愛い服や、恒夫のバイト先の同僚が恒夫と親しくする姿を見て、ジョゼは健常者との違いを痛感させられる。

そのままならない感情を恒夫にぶつけ、仲違いしてしまう二人だが、恒夫の優しさにより、一層気持ちを触れ合わせていくことになる。

ジョゼの由来にもなっている小説をを執筆したサガンは、愛することは理解すること、理解することは見逃すこと、と言っているが、恒夫の優しさは愛そのものだ。

足の不自由なジョゼの気持ちを理解すること。
そして、彼女が自分にぶつけた苛立ちを見逃すこと。

信頼しているからこそ、気安く不満や苛立ちをぶつけられるときもあるだろう。しかし、愛はぶつけられたものを受け止め、相手がなぜその行動をしたに至ったのか考えることだ。

恒夫もまた、今までのジョゼを見てきたからこそ、いつものわがままではないと理解することができたのだろう。

本作をぜひ見てほしいのは、「やりたいことがあるのに踏み出せない人」だ。

もちろんはじめての一歩を踏み出すのはとても怖いし、とてつもない勇気がいる。僕なんて、気になっているカフェに入ることすら怖がってしまって、結局いつものチェーン店に入ってしまうほどだ。

しかし、恒夫がジョゼに言う「好きなら諦めんなよ」というセリフに勇気をもらった。

何かをやりたいと思ったときのことを思い出してほしい。やりたいと思うのは、きっと、好きだからだ。溢れんばかりの好きが、頭の中を埋め尽くしてしまうからだ。

好きだからやる、好きなら怖くてもやる。

ジョゼが「待ってても何も起こらん」と言うように、自分が一歩踏み出さなくてはこの世界は何も広がっていかない。
自分には手が届かない。もう諦めてしまおうか。
そう思ってしまうときはあるかもしれない。

しかし、好きなら諦めないほうがいい。
きっと色鮮やかな世界が広がっている。

ジョゼが踏み出した世界がそうあったように。
恒夫が諦めなかった先の未来がそうあったように。

2020年12月25日公開


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