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灯台へ

「ご馳走様でした」
地物の刺身定食は存外にボリューム満点で、ベルトをひとつ緩める。湯気の消えたお茶を一口啜ると、会計を済ませた。
店を出ると、若い男女が笑い合っている。ランチタイムに滑り込み、彼らはこれから何を食べるのだろうか。ご飯は少なめにした方がいいかもしれないよ、と心の中で呟くも、若者には要らぬお節介だったかとひとりで苦笑いしてしまう。

寒空の中必死に温めてくれている太陽を見上げた。空にポツポツと浮かぶ雲は、海を泳ぐ魚のようにも見える。ふと、灯台の看板が目に留まる。昼食を済ませたらフェリーに乗ってトンボ帰りのつもりだったが、腹ごなしに少し歩いてみよう。少し傾斜した道路を下っていくと、波の音が大きくなっていく。

業界によってはまだ冬休みなのだろうか、食事処の並びにはまばらに人がいる。お仕事頑張るため、今はしっかり楽しむんだぞ。ほらまた、要らぬお節介だ。

定年でスパッとリタイアし、何でもない毎日を過ごす。たまに思い立って、初めてのことに手を出す。今回は、ひとりでフェリーに乗って昼食を、だ。適度な好奇心が退屈を紛らわしてくれる。

灯台が見えて来た。風が強い。さっきまで空を泳いでいた雲は、どこかへ行ってしまったようだ。ほら、あとちょっとだ。もう一息頑張れよ。ベルトをキツく締め直して、水平線を眺めながら進む。

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