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男だった。1880年ロンドン『ハーフムーン街の殺人』

なんだか咀嚼できないが読みながら怒っていた記憶があります。殴り書き。

小説『ハーフムーン街の殺人』


これはトランスジェンダーという存在が認知されていない時代でも、きっと確実に生きていた人たちの物語。主人公レオ・スタンホープは15歳のとき“牧師の娘”だった姿を捨て、一人で男として生きていくことに。


レオは幼い頃から性自認男性で、身体違和も強いタイプ。
それなのに周囲の男性同様に娼館へ通うというのは意外ではあった。何より“男らしい”とはいえるかもしれないが。


レオ・スタンホープが娼館のことを思う場面。

娘たちは代金ぶんの仕事はしても、ぼくのことをわかってはくれなかった。ほとんどはぼくを女扱いしようとするか、混乱した顔でじっと寝ているかだった。ひとりかふたりかは努力して、次々にレパートリーを繰りだし、悦びの声をあげてみせてくれた。気持ちはありがたかったが、新聞売りが繰りかえし見出しを叫んでいるように聞こえるばかりだった。(p.34)

そうだね、そうでしょう。虚しいだろう。

ちなみに「普通の男のようにセックスしたかった」とトランス男性がいうとき、それは単に挿入行為だけを指しているのではない(と、私は読んでいます)。フェラとか手コキしてほしいんですよ、それがわからない?男性ホルモン投与後はとりわけ顕著に(←この部分はレオには関係ないが)。
ほかの男性にするように接してくれたらどれほどよかっただろう?そうでなくとも、ただ抱き合うだけがぎこちないとしたらどれほど惨めだろうと。


おそらくトランス男性は、性的なシーンにおいて明らかに身体が追いついていないシス男性に対してはもはや同一の男性として扱われることを諦めている節がある。......しかし、女性に対しては、なぜだか女性相手ならば、そんなに忌避せず受け入れてくれるのではないかと、幻想を抱いている可能性がある。けれども身体的特徴が彼女らにとって“既知の男性”とは異なるため、というより作中ではなんの治療も施せない時代なのだから女性そのものであるかのように思われ、うまくはいかないわけだ。


そんな中たった1人、自分を理解してくれた娼婦のマリアを、レオは愛する。

マリアの目には、ぼくもほかの男と変わらない男だった。(p.219)
マリアと恋に落ちたとき、ぼくはためらいがちに一歩を踏み出したのではなく、断崖絶壁から飛びおりたのだ。(p.228)


あまりにも盲目になっているレオが少し憐れで可愛い。
マリア以外の女性は、レオの立場を理解しない。理解できないからだ。

わからないのは、どうして女が男のふりなんかするのかってことよ。
(略)
男みたいにふるまうことはできても、立ちション競争で勝つことはできないし、髭をたくわえることもできない。月のものだってあるんでしょ。男は喧嘩して、お酒を飲んで、その気のある女にーー人によってはない女にもーー誰かれかまわず種をまく。どうしてそんなものになりたいの?仕事につくため?(p.161)


やはり無理解だと、ターフのような発言が出てしまうのは、今も昔も変わらないのかもしれない。

レオは体に丸みがつかないようにするため食が細く、痩せている男性だ。胸は潰して、股間にはそれらしきモノをつけている。男として通用する外見で生活し、周囲も自然と彼を男と判定している。

職場では解剖医の助手として働いていた。このことは彼が男性に見えていたから職につけたのであって、女性と他認されていたら職にはつけていなかっただろうと断言できる。
(レオには実在のモデルがいる。そのジェームズ・バリーさんは本当にトランスジェンダーだったのか、それとも当時男子にしか認められていなかった医師になるために50年以上もの間男性として生きたのか、それはわからないけれど。)


『ボーイズ・ドント・クライ』の再来ともいえる、非情な展開はあって、ああこんなにもストレートに男性同然のように描かれてきてもこれは避けられないのだな、と。


男性の性暴力に直面した後ひとりごつレオ。

ぼくは本気で本物がほしかったのだろうか。偽物のほうがあの怒張した凶暴な竿よりいい。
(略)
それが男というものなら、ぼくは男ではない。そんな存在であるくらいなら死んだほうがましだ。(p.353)

女性からは、レオの身体が女性だと見破られてもなお、マリアという意中の女性のことばかり夢中な様子を茶化されて、「あなたが男だというのは十分わかったから」と呆れられているような描写もあり、そのむず痒さは面白かった。


さらに辛辣なのは、マリアが妊娠していたと分かってから。

「あなたがそんなにマリアに執着するのは、まさかお腹の中の子が自分(レオ)の子どもだと思ってるからでは?男ってバカねえ」と言われる。レオが妊娠させる可能性は、誰かが想像するよりももっと低いものだけども。



①トランス男性の固有性と、②それを保持しながらも男性社会にシス男性同然に組み込まれる事実への対応、

どちらも必要。

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