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【第五回】チェケラッチョ・マイ・ティンティン『The 会合』

「最初はほんの小さな居酒屋で行われる、ほんの小さな集まりだった。


 個人経営の自宅兼店舗。その二階部分にて、男たちはなけなしの金で購入した酒瓶を持ち寄っては「この先」を話し合い、少しずつ、だが確実に前進していった。


 いかなる偉人も最初は無力な赤ん坊であるように、この「会合」も始まりはこんな程度だった――」


 スクリーンに映し出される大仰なVTRを眺めながら、北沢は退屈そうに熱燗を口中で転がしていた。このナレーションはあの大御所俳優の誰かに頼んでいるのだと、松宝(映画配給会社)の重役が上映前に喋っていた。風の噂によると出演者たちはノーギャラでオファーを快諾したらしい。無理もない。これに出れば今後の生活はもちろん、自らの死後、一族の人生も安泰となるのだから。


「えー、この度も、余興映像の制作を、えー、弊社が、務めさせていただきました。えー、誠に光栄でございます。思えば、五年前にこの大役を前任社から引き継がせていただいてからは、皆様のお力添えのお陰で、弊社の成績はうなぎ昇りで、えー」


 スピーチの間重役は終始緊張し続けていた。ほんの五年前まで、映像制作はライバルの角活が取り仕切っていたのだが、最後に作った映像が「主催」のお眼鏡にかなわず、クビを言い渡されたのだ。現在、角活は業績不振により外資のバーナーブラザーに買収され「kakkatsu」と表記されている。この先、松宝とあの重役が生きながらえて行くか否かはこの映像次第というわけだ。


 スクリーンはクライマックスを迎えており、いまをときめく女優と「主催者」との濡れ場が映し出されている。当然のように、モザイクも何も存在しない。


 赤坂料亭の大座敷。薄暗くなったそこでスーツ姿の中年男達が正座をしながら、腰を振り奮闘中の「主催者」に声をかけている。北沢は先日訪れた競馬場を思い出した。勝負に勝つか負けるか、全てはこの瞬間にかかっている。例え騎手には届かなくとも、叫び出さずにはいられない。


 そして絶頂は訪れた。エンドロールが流れる中、男達は立ち上がり鳴り止まぬ拍手と歓声を上げる。場内に明かりが復活したため、北沢も仕方なく箸を放り出し追随する。全てを一身に受けた「主催者」は満足したように松宝重役の肩を叩いて声をかけた。


「良いよ〜、うん、よいよ〜」


 安堵感からか、重役は目に薄っすらと涙を浮かべている。もし彼にテレビの密着がついていたら、ここで番組の主題歌が流れるのだろう。そう、彼のプロフェッショナルな流儀と情熱は、ここに来てガイアの夜明けを迎えたのだ。

「ブラボー!インクレディブル!、インクレディブルブラボー!」


 隣席の孫・ゴーンは学生のように叫びまくっている。北沢は、浮かれてるなと思いながら、そんなことおくびにも出さず満面の笑みを「主催者」に向ける。今回初めて招待された新参者は、北沢と孫の2名だった。


 この二名の新参者には「余興」という通過儀礼が待ち受けている。あと一、二時間もすれば衆目に晒される運命だ。健康診断で採血を待つような心持ちでおり、途中で「トイレに行く」余裕を持つ北沢に対し、孫の鼓動は速度を増し、無理矢理叫び続けることで少しでも緊張を発散させようとしている。

 ではその余興とは何か?勿体ぶる必要もなく、本当にくだらないことなのだが、ここでは敢えて言及せず、本会合のメインディッシュを説明してからにしよう。

「それ」を食した参加者たちは途端にまどろみ、虚ろな目をしながら笑みを漏らしはじめた。それまでざわついていた大座敷はしんと静まり返ってしまった。状況を察した芸者たちもそそくさと退場して行った。


 その状態は数十分間にも及んだ。例にもれず北沢自身も心地よいまどろみの中で、ああ、自分はいま非合法なことをしていると自覚していたのだった。気がつけば傍に「主催者が寝転んでおり、こんなもんよ〜この国の経済ってさ〜とにゃんごろ喋りかけている。


 一番はじめに「兆候」が出はじめたのは孫・ゴーンであった。彼ははたと立ち上がり


「見える。見えるぞ!そうか、そうだったのか!だから「柔らかい銀行」なのか!あー、なるほどね!はいはいはい!」と興奮し出した。


 後は言うまでもなかろう。会合が開かれたこの年、彼はかの有名な会社を設立し、通信業界の覇者となって行く。孫は今世紀最大の賛辞「パーフェクト・インクレディブル・ブラボー」を発動して果てた。


 それを合図にしてか、参加者たちはそれぞれの「この先」を見出していき、場内は再び騒然とし始めた。


 そんな光景を腕組み眺めながら、高城康は満足そうにうなずいた。そして、あらためて長嶋貞治に対する感謝の念を強めたのであった。

 数ヶ月前、アフリカ某所の上空。長嶋貞治は用意されたジェット機に乗りながら、同乗者に話しかけられていた。


「それ」はこれから降り立つ地にごく少量しか生息しないこと。その地には大きな暴力組織がふたつ存在していること。その二組織は「それ」を巡り長い間戦争状態であり、混乱に乗じた略奪者、無意味に強姦、強奪、奴隷売買されるため、痺れを切らし武装する民間人、そして長嶋貞治のように「それ」を求め外からやって来るハンター達により混沌としていること。


「お前はこれから「ン」で始まる奴らにたくさん会うことだろう。だが、あれは音楽で言うところの休符に近い。声帯を震わせて「ん」って発音するんじゃないんだよ。もしそいつがンドゥールだったら「●どぅーる」って言った方がよりネイティブになるだろうな。まぁ、もっとも(薄く笑いながらやれやれと息を吐き)全く喋らないお前には無用なアドバイスだったかもしれないがな」


 隣席者は全て話し終えるとグッドラックと言ってワイングラスを傾けた。それを合図にして長嶋は機体後部、パラシュートが格納されているスペースへと向かっていった。闇夜の中、地上へと降っていく長嶋を眺めながら。


 だけど、素晴らしいことだと思わないか?ひと呼吸置いてからじゃないと相手を呼べないなんて。性急な奴らには名前すら呼ばせたくない。そんな意志を感じさせるんだ。長嶋。お前は強さを求めてこんなことまでしてるけど。少々急ぎすぎなんじゃあないかって最近思うんだ。たまに戻りたいなって思うよ。漫画本とかCDとか貸し借りして、放課後はどっちかの家でゲームしてたあの頃にさ。

 長嶋はなにも知らず突き進んだ。「それ」のありかだけを頭にインプットし、突き進んだ。邪魔者は容赦なく手にかけて行った。殺した相手が地域の四天王だと知るのは帰国してからだった。先程地域は二組織に支配されていると言った。各組織には二人ずつトップがいて、計四名は四天王と称されていたのだが、そんなこと長嶋にとってはどうでも良いことだった。「それ」を入手する最終段階、一番最後に手をかけた老人は四天王の父親で、みんなそれぞれ腹違いの息子なのだという事実などは、帰国後も知ることはない。


 ンボノ、ンボミ、ンガラチャ、ンデゲオチェロ。そして全てを生み出した父親のン。別名全休符(サイレント)。彼の名前は生涯呼ばれることがなかった。いや、ずっと呼ばれていたのだとも言える。ちなみに長嶋を愛し、ロマンスを演じた(どこかの国の)エージェント、アニータは、今際の際ンが放った銃弾から長嶋をかばい死んだ。そんなことせずとも銃弾1発で長嶋はやられないのだが、そういう結果となった。応急処置等できないかと、長嶋はアニータを抱きかかえたが、すでに時遅し。腕の中で「愛してた」と何度も繰り返していたが、外語はさっぱりの長嶋なので、ちょっとなに言ってるかわからなかった。


 組織の兵士にレイプされ殺されそうになっているところを助けられた者。逆に親が組織のメンバーで、よくわからないアジア人に父親を殺された少年。長年組織の一員として、狭い人間関係の中で働いてきたが、ここ以外にも世界はあるのだと気付かされた兵士。あらゆる影響をアフリカの大地に残して長嶋は去って行った。その後「それ」が持ち出されたことにより彼の地は荒廃の一途を辿ることになるのだが、それも長嶋は知らずにこれから生きていく。

 以上が本会合のメインディッシュをめぐる顛末である。結局、北沢庄司と孫ゴーンが行った余興はなんてことはない全裸踊りであった。


 酒と「それ」により酩酊した彼らは出番が来ると服を脱ぎ始めた。主催者は楽しそうに、

やっぱゴーン君はヤバいマグナムだよねー。でさ、北沢君は粗ーチン(庄司と粗チンをかけた面白いやつ)かなぁ。なんて言ってみたりなんかしちゃったりして(笑)


 果たしてあらわになったのは予想の真逆であった。北沢がサラブレッドだとしたら孫はポニー。二人は道玄坂46のヒット曲にあわせて練習してきたダンスを披露したのだが、まぁぶらぶらと揺れること揺れること。しかもポニーとサラブレッドなので相対性理論により両者のサイズ感が強調される演目となった。


 曲も後半に差し掛かった頃であろうか、出席者のひとりがサラブレッドに向けてこうつぶやいた。


「こんなもんお前、有馬記念やんか」

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