JOG(949) 日本国憲法に埋め込まれたソ連の「仕掛け」
日本国憲法には、ソ連の秘密工作によって「日本国民の意識」の「深部からの革命」を狙った「仕掛け」が埋め込まれている。
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■1.暴かれたソ連の秘密工作
第二次大戦前後に、米国内に潜んだソ連工作員たちが本国とやりとりした秘密通信を、アメリカ陸軍省情報部が傍受して解読した記録がある。それが「ヴェノナ文書」として公開され、ソ連の工作員たちがどんな暗躍をしていたのかが明らかにされつつある。
その研究の結果、ソ連の工作員が実は日本国憲法制定においても影響を及ぼしていることが判明してきた。
日本国憲法は、米占領軍が1週間程度で原案を作った事がすでに明らかになっている[a] いかにも翻訳調のこなれない文面、米国憲法などからの引き写しと共に、「米国製」という出自が、日本国憲法の権威を大きく毀損しているが、その上、ソ連の秘密工作まであったというのである。
ソ連はロシア帝室を滅ぼして共産革命を果たしたことから、日本でも皇室制度を敵視し、GHQを通じて、特に天皇条項に容喙(ようかい)した。その結果、日本国憲法にどのような「仕掛け」が埋め込まれたのか、を史実から見ていこう。
■2.「天皇制=専制政治」プロパガンダの原作者
1937年2月、アメリカ共産党の下部組織として創設された「アメリカ中国人民友の会」の機関紙として『アメラシア』が創刊された。「アメリカ」と「ユーラシア」を合体させたこの雑誌名自体が、アメリカをソ連に一体化させる意図を表しているようだ。 この『アメラシア』誌上において、ノースウェスタン大学政治学部長であったケネス・コールグローブ教授は、次のように「天皇制」廃止を主張した。
後にソ連スパイの容疑で逮捕された同誌の編集委員ケイト・ミッチェル女史も、次のように主張している。
この二つの論文は、コミンテルンの1932年テーゼの次の史観をベースにしている。
絶対専制政治を行ってきたロシア皇帝のイメージを、史実も無視して日本皇室に投影したものである。今日でも、「天皇制=専制政治」という図式は左翼プロパガンダとして存命しているが、その原作者はソ連だったのである。
この史観に基づいたコールグローブ教授とミッチェル女史の論文を参照して、アメリカ政府の天皇に関する方針を検討するように国務省極東課に要請したのが、国務省顧問だったS・ホーンベック博士だった。
当時、ホーンベック博士を補佐していたのが、アルジャー・ヒスだった。ヒスは後に、ルーズベルト大統領の側近ともなったが、ヴェノナ文書によってソ連のスパイであることが判明している。
こうしてソ連はコミンテルン史観に基づいてアメリカの対日政策をねじ曲げ、日本の共産革命を近づけようと工作したのである。
■3.「天皇制廃止を奨励支持」
ソ連の工作は成功した。戦後の昭和20(1945)年11月、米国務省は日本の憲法改正の基本方針を明記した「日本の統治体制の改革」という秘密文書を作成した。この文書では、改憲を通じて「日本人が、天皇制を廃止するか、あるいはより民主主義的な方向にそれを改革することを奨励支持しなければならない」としていた。
この文書は、翌年1月7日、アメリカ政府の方針として正式決定され、これに基づいてマッカーサーは、GHQ民政局に対して、日本国憲法改正草案の作成を指示した。
憲法に関しては素人ばかりの民政局が僅か1週間で英文の「総司令部案」を完成させると、GHQは2月13日に次のように日本政府を脅した。「前年12月に創設された極東委員会においてソ連は天皇制廃止を主張している。『総司令部案』に基いて憲法改正がなされないならば、天皇の身柄の保障をすることはできない」と。
■4.「人民ノ主権意思」か「日本国民至高ノ総意」か
この脅しに、日本政府はやむなく、総司令部案を翻訳して日本政府案の作成する作業を始めた。しかし、その際に、英文の総司令部案を直訳するのではなく、問題条文はできるだけ削除、ないしは、日本政府の望む方向に解釈できるようにした。
たとえば、第一条の:
については、「人民ノ主権意思」を「日本国民至高ノ総意」と書き換え、「之ヲ他ノ如何ナル源泉ヨリモ承ケス」を削除した。
そもそも皇室制度は日本の長い歴史の中で代々の国民が支えてきたものであり、その伝統が権威の源泉となってきたというのが、実態である。「人民の主権意思」だけで決められるとしたら、その伝統を無視して、ソ連型の投票を行い、「天皇制廃止」が賛成多数だった、と言われれば、それまでとなってしまう。
■5.「人民」か「国民」か、「象徴」か「元首」か
第14条にも「人民ハ其ノ政府及皇位ノ終局的決定者ナリ」とあった。条文通り読めば、「日本国籍を持った国民」に限らず、在住外国人も含めた「人民」が、国会議員の選出や皇位の決定もできることになってしまう。
この条文は当時の吉田茂外相(後の総理大臣)が問題視し、ホイットニー民生局長に直接、談判した。その結果、「人民ハ其ノ政府及皇位ノ終局的決定者ナリ」は削除され、公務員の選定の権利は「国民」にあるとした。
「人民」では、日本国籍を持たない在住外国人も含む、と解釈される恐れがある。現在でも在住外国人の「地方参政権」を主張する一派があるが、それが「国政参政権」に及んでないのは、その権利が「国民」にある、と明記されているからだ。
したがって「人民」が「皇位ノ終局的決定者ナリ」のままでは、在住外国人が「天皇制廃止」を叫ぶ「権利」を残してしまったろう。吉田外相の談判は、危うい所でその芽を摘んだのである。
さらに、白洲次郎・中央連絡事務局次長[b]と外務省の萩原徹条約局長がホイットニー民政局長と会談し、
1)条約の締結に際して戦前と同じく天皇が署名をして御璽を押す「御名御璽」を慣行として続けることと
2)天皇の国事行為を規定する第七条に「八 批准及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること」を追加すること
を認めさせた。条約への署名や外交文書の認証、外国の賓客の接遇を通じて、外国からも天皇は引き続き日本の元首として認められるようになった。現在でも、一部の憲法学者は「天皇は象徴にすぎない」などと主張したが、これらの条項がなければ、こんな言いがかりが、もっと大手を振ってまかり通っただろう。
■6.日本国民の意識の「深部からの革命」
日本政府は日本語で作成した草案をGHQに提出したが、民政局次長のチャールズ・ケーディス陸軍大佐は「総司令部案」とは異なっているのに気がつき、政府との間で押し問答を続けた。
その間に、ソ連は極東委員会で「天皇制否定論」を主張し、新憲法で「天皇制を廃止するか、または天皇制をより民主的な方向で改革する」ことをGHQに要求した。
それに呼応するかの如く動き出したのが、GHQ民政局特別補佐官ビッソンであった。ビッソンは著名なアジア問題の専門家であったが、ヴェノナ文書でソ連のスパイであった事が確認されている。
ビッソンの魂胆は、共産党員が乗っ取ったシンクタンク「太平洋問題調査会」[d]の機関紙に発表した次の一文から明らかである。
ビッソンは、日本国民の意識の「深部からの革命」を長期間かけた進める道を目指していたのである。
■7.「国民に主権がある」という語句を入れるように
ビッソンは2人の仲間とともに、ホイットニー民生局長に対して「意法草案の日本文と英文の相違」と題する覚書を提出し、次のような要請を行った。
これを承けて、民政局のケーディス大佐は、日本側に対して「国民に主権がある」という語句を入れるように、と圧力をかけた。
それに同調するかのように、衆議院でも、日本共産党の野坂参三衆議院議員が「主権」と書くよう強く要求した。おそらくソ連・コミンテルンからの指示で、ビッソンがGHQに働きかけ、同時に野坂参三が国会で要求したのだろう。
最終的に日本政府は「至高」をとりやめて「主権」を採用し、第一条は「この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」となった。
あわせて、天皇が「憲法の定める国務」に関して「権能」を有すると解釈できた第四条も、「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない」と書き換えさせられた。
■8.「戦前は天皇主権、戦後は国民主権」!?
ソ連の工作の結果、日本国憲法に「国民主権」の原則が書き込まれた。左翼陣営からは、それをテコとして「戦前は天皇主権、戦後は国民主権」などと喧伝されるようになった。コミンテルンの「天皇制=専制政治」史観そのものである。
しかし「天皇主権」などと言える歴史事実があったろうか。たとえば、大東亜戦争終結の御聖断は、最高戦争指導者会議が3対3で決着がつかないため、鈴木貫太郎首相が「この上は、まことに異例でおそれ多いことでございますが、御聖断を拝しまして、本会議の結論といたしたいと存じます」と言って、昭和天皇の意見を求めたものだった。[d]
大東亜戦争での降伏決定という近代日本で最重要の国家的意思決定においてすら、天皇が意見を述べること自体が「異例で恐れ多いこと」だった。「天皇主権」などという言い分がいかに史実を無視したものか、この一点だけでも明らかである。
そもそも「主権」という概念自体が、国王と人民が権力を争ってきた西洋史の所産である。特にロシア革命で帝政を打倒したソ連の共産主義者が、将来、日本にも共産革命を起こす「時限爆弾」として、この言葉を日本国憲法に埋め込んだのである。
我が国は有史以来、天皇がひたすらに国民の安寧を祈り、実際の政治を司る者がその大御心を実現する事を理想としてきた。終戦の御聖断はその政治伝統が国家を救ったものだった。「天皇主権」などという幻想で史実を覆ったら、その実像が見えなくなってしまう。
日本国憲法には、ソ連の秘密工作によって「日本国民の意識」の「深部からの革命」を狙った「仕掛け」がなされているのである。
(文責:伊勢雅臣)
■リンク■
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■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け
1. 江崎 道朗『コミンテルンとルーズヴェルトの時限爆弾―迫り来る反日包囲網の正体を暴く』★★★、H24
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