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JOG(1374) 先人の物語はなぜ子供たちの心に刺さるのか? ~ 歴人便り(9)

 人間の脳は物語に心を刺されるようにできていることが、脳科学によって解明されてきている。


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■1.先人の物語が子供たちの心に突き刺さった

 歴史人物学習館を始めて最初の感想文祭りで驚いたのは、先人の物語が、多くの子供たちの心に突き刺さった様子です。第1回では、樺太が島であることを発見した間宮林蔵について、東京都の中1女子が、こんな感想を書いてくれました。

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 印象に残ったのは「成功せぬうちは、帰ってくることはいたしませぬ」という言葉です。樺太について当時はまだ詳しくわかっていなくて、それを明らかにするために間宮林蔵は樺太に行きました。
行く先についての情報は少なく、生きて帰れる保証もないことだったと考えられます。そんな危険なことに対して間宮林蔵は成功するまでは日本に帰らないと言ったことから、自分の命よりも国を守ることを優先する強い気持ちと決意が表れていると感じました。[歴人1]
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 第2回は、横浜市のこれまた中1の女子が、聖武天皇について、こう書きました。

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「責めは予(われ)一人にあり」
 これは、民衆が伝染病や、自然災害、戦乱などで苦しんでいるのを見た聖武天皇が発した言葉である。「人々が苦しんでいるのは、私の責任である」と言うのだ。しかし、私は民衆が苦しんでいるのは誰のせいでもないため、仕方のないことだと思ってしまう。しかし、聖武天皇は民衆が苦しんでいることを重く受け止めている。私はその心を持つ事は凄いと思う。[歴人2]
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 歴史人物学習館の優秀感想文を掲載したページには、すでに100人以上の子供たちの感想文を掲載していますので、ぜひご覧いただきたいと思います。[歴人リスト]

 こういう感想文を読むにつけ、先人の物語はなぜこれほど子供たちの心に突き刺さるのか、という疑問を抱いてきました。そこには、現代の歴史教育が見失っている大切なものが潜んでいるのではないか、とも思われました。

■2.「物語」の力

 物語の持つ力を調べてみると、脳科学、心理学、進化人類学によって、解明が進んでいる事が分かりました。すでに企業経営などにも応用されつつあるのです。

 たとえば、こんな実話があります。アメリカ・アリゾナ州の公立病院マリコパ医療センターは多くの貧しい患者たちを治療しており、周囲の住民たちの寄付でかろうじて経営が成り立っていました。毎年の住民たちを集めた集会では、医師たちが自分たちがどれほど患者たちのために尽くしているのかを訴えて、寄付を呼びかけていました。

 しかし、相変わらず資金的な綱渡り状態が続いていたので、ある年には医療センターで治療を受けた人々に体験談を話させたのです。

 一人の青年は数年前に、バーで喧嘩を仲裁しようとして、顔面をひどく殴られ、眼窩(がんか、眼球の収まる頭蓋骨のくぼみ)を骨折しました。すぐに医療センターに運びこまれましたが、手術が必要なことは明らかでした。しかし、顔面の形成手術はとてつもない高額な費用がかかり、高校を卒業したばかりで無保険だった彼にはとうてい支払えない金額でした。

 青年は手術代を支払えそうにないことを医師に伝えます。その時の様子を、こう回想しました。「先生はただ僕の肩に手を置きました。そしてこう言ってくれたのです。『あなたを元どおりにするのが私たちの義務だ』と。いまや青年の顔は手術の痕も留めないように完治しています。青年は涙ながらに、自分が助けを求めている時に、守ってくれる誰かがいると知った時の安堵を語りました。

 彼が寄付を呼びかけると、凄まじい反響がありました。こういう物語を医療センターで助けられた人々数人が語り、その晩には例年の2倍以上の寄付が集まりました。[ホール、616]

■3.物語が心に突き刺さるのは、共感能力と利他心から

 専門家が地域全体の医療ニーズや、病院の経営状況をデータで説明して支援が必要だと訴えるよりも、患者の語る体験的な物語の方が聴衆の心に突き刺さり、寄付を集める力があるのは、なぜでしょうか?

 それは物語には、聴衆に「疑似体験」をさせる力があるからです。聴衆は青年の立場に立って、ひどい怪我をした時に、助けてくれる医師に出会った安堵を疑似体験します。これはミラーニューロンと言って、他者の感情を鏡に映すように、自分も共感する神経系の働きです。メロドラマを見て涙を流したり、アクション映画で手に汗握るのと同じ働きです。

 同時に、人間には利他心という本能もあります。誰でも、電車の中でお年寄りに席を譲って、お礼を言われたら、快感を得ます。逆に席を譲る勇気を出せなくて、そのまま座っていたら、居心地の悪い思いをします。人間には他者のために役立ちたいという利他心の本能があるので、それが満たされたら快感を感じ、満たされないと不快な気持ちになるのです。

 共感と利他心、この二つは人間が共同体として生きていくために発達した本能です。ライオンのような牙も爪もなく、カモシカのように速く走ることもできない人間の唯一の生存戦略が、共同体で助け合うことでした。その共同体を作るために、仲間どうしで苦しみや喜びを共にする共感能力と、お互いに助け合うための利他心が発達したのです。

 医者に助けられた青年の安堵に聴衆は共感し、自らも喜びを感じます。そして、その喜びをもっと多くの人々に経験させたいと進んで寄付をするのです。このような共感と利他心が、共同体を守り、発展させていきます。

 単に、地域の病院がどれだけの人間を救ったとか、その財政状況がこれほど厳しい、というデータでは、人間の共感能力は働かず、利他心も刺激されないので、寄付をしようという気持ちもそれほど起こりません。

■4.共感と利他心がもたらす人間的成長と共同体への帰属意識

 こうした共感と利他の働きは、脳の視床下部で作られるオキシトシンという神経科学物質によることが分かっています。このオキシトシンは「幸せホルモン」とか「愛情ホルモン」とも呼ばれ、人間同士の絆や信頼、愛を育むのに役立ちます。

 同時に、オキシトシンはHOME(ヒトオキシトシン媒介共感)と呼ばれる別の回路も活性化します。この回路では記憶の強化に関わる神経化学物質のドーパミンが生成されます。ドーパミンは我々の脳に小さな衝撃を与え、学習を促進させます。[ホール、660]

 すなわち、青年の話に共感し、利他心から寄付をするという行為は、我々の脳を変容させ、その記憶と影響は長く続きます。医療センターの財政状況などというデータは、我々はすぐに忘れてしまいますが、物語を通じた共感と利他心の経験は、我々をより良い人間に成長させるのです。

 また、青年の話を聞いて共感し、利他心を発揮した人は、自分も同じ医療センターをサポートする地域共同体の一員だという帰属意識を高めます。

 人間は一人では生きていけない社会的動物なので、所属の欲求を本能として持っています。共感と利他心を刺激する物語を共同体の中で共有することで、人々は共同体への帰属意識を抱き、所属の欲求を満足させます。そして、その帰属意識から行われる人々の貢献によって、共同体は維持され、発展していくのです。

■5.間宮林蔵への共感から触発される利他心と帰属意識

 こうして物語が人間心理に与える影響を理解すると、冒頭の中学生たちの感動も納得できます。

 最初の間宮林蔵の「成功せぬうちは、帰ってくることはいたしませぬ」という言葉が印象に残ったという女子中学生は、林蔵の「自分の命よりも国を守ることを優先する強い気持ちと決意」に、深く共感しているのです。この感想文はこう続きます。

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責任も大きく、危険なことなんてできればみんなやりたくないと思います。ですが間宮林蔵のような、周囲の人たちを助けるために自分のできることを一生懸命にやる人のおかげで、今安心して暮らせるようになっていると思います。
 私は間宮林蔵の生き方について勉強したことで、当たり前だと思っていることはこれまでにいろいろな人たちが苦しい思いをして変えてきたからできていることなのだと気付きました。だから、私も自分だけが良ければいいと考えるのではなく、周囲にまで目を向けられるように心がけたいと思います。[歴人1]
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 林蔵への共感から触発されて、「私も自分だけが良ければいいと考えるのではなく、周囲にまで目を向けられるように心がけたい」という利他心が芽生えています。

 さらに、「当たり前だと思っていることはこれまでにいろいろな人たちが苦しい思いをして変えてきたからできている」という気づきは、共感から生まれる帰属意識でしょう。

 こうして先人への共感から生まれる利他心と帰属意識は、女子中学生に心の成長をもたらし、やがて立派な一人前の国民へと成長させていくのです。

■6.意味のない知識の羅列は35秒しか持たない

 こうした歴史人物学習と現在の歴史教育の違いを考えてみましょう。

 ある中学歴史教科書は、「ロシアの接近」という項で、間宮林蔵について本文でこう記しています。
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ロシアを警戒した幕府は,間宮林蔵らに命じて蝦夷地(北海道)や樺太(サハリン)の調査を行い,19世紀前半まで蝦夷地を幕府の直接の支配地にしました。
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 さらに「北方探検」と題した地図上で、間宮林蔵の樺太から間宮海峡を渡って大陸側にまで足を伸ばした様子を描き、また人物コラムとして、以下のように説明しています。
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間宮林蔵(1775~1844) 伊能忠敬(p.134)に測量を学んだ後,幕府の命令で樺太を調査し,樺太が島であることを確認しました。
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 これらは知識の羅列であって、物語ではありません。物語とは何かについて、『脳が読みたくなるストーリー』の著者リサ・クロンはこう語っています。

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困難なゴールに到達しようとする誰かに対し、起きたことがどう影響するか、そしてその誰かがどう変化するか。それが物語だ。[クロン、p26]
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 上述の教科書の記述では、「困難なゴール」については何も書いていません。これでは、そもそも女子中学生の「生きて帰れる保証もないことだった」という想像も生まれません。そして、そのゴールから林蔵の「自分の命よりも国を守ることを優先する強い気持ちと決意」を抱いた、という「変化」も読み取れません。

 そもそも、この説明から「樺太が島である」という発見に、今日の中学生たちは何か、意味を感じとれるでしょうか?
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人間は食べ物なしで40日、水なしで3日持ちこたえることができるが、何かに意味を見いだすことができないと、およそ35秒しかもたないと言われる。[クロン、p31]
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 林蔵の物語に、共感し、利他心と帰属意識を触発された女子生徒が永続的な心の成長を遂げたのに対し、意味のない知識の羅列しか教わらない生徒は35秒後には忘れてしまいます。そのような意味のない知識を「受験に必要」と称して、無理矢理詰め込まなければならない教員の苦心と、また生徒の側の苦役を思うと、今の歴史教育は何という非人間的な惨状に陥っているのか、と悲憤に耐えません。

■7.教育基本法と学習指導要領の目標を達成する歴史人物学習

 この歴史教育の惨状は、教育基本法の精神をまるで無視したところから起きているのです。

 平成18年、第一次安倍政権によって、占領中に作られた教育基本法が改訂されました。そこでは「公共の精神を尊び」「伝統を継承し」という文言が入りました。

 この改訂教育基本法に基づいて、学習指導要領・地理歴史編では「平和で民主的な国家及び社会の形成者」「日本国民としての自覚、我が国の歴史に対する愛情」が謳われています。歴史人物の物語から生まれる共感、利他心、国家への帰属意識は、まさにこれらの目標を達成します。

 逆に、上述の歴史教科書のような知識の詰め込み教育では、子供たちは「日本国民としての自覚、我が国の歴史に対する愛情」を持ちようがなく、それでは「平和で民主的な国家及び社会の形成者」にもなりようがありません。現在の多くの歴史教科書は、教育基本法にも学習指導要領にも背を向けているのです。

 教育基本法はもちろん、学習指導要領も国家の法規とされています。主権者たる国民が投票によって選んだ政府による法規を無視した教科書が、時には暴力的活動もする日教組教員などによって採択率を維持しているのは、少数者による国民主権の蹂躙です。

 歴史人物学習が生む先人への共感、同胞への利他心、そして国家共同体への帰属意識、これらこそが教育基本法と学習指導要領の教育目標を達成する正道です。そして、それはそのまま子供たちを全人的に育成し、豊穣な人生に向かわせる真の人間教育なのです。

 NPO法人 歴史人物学習館では、この信念のもとに、今後も一人でも多くの子供たちの心に刺さる歴史人物学習を広めていく所存です。
(文責 伊勢雅臣)

■リンク■

・歴史人物学習館「感想文祭り第1回」
https://rekijin.net/kasou_mamiya_rinzo/

・歴史人物学習館「感想文祭り第2回」
https://rekijin.net/kansoubun2-syoumu-tenno/

・歴史人物学習館「優秀感想文リスト」
https://rekijin.net/kansou_list/

■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

・キンドラ・ホール『心に刺さる「物語」の力』★★、パンローリング株式会社、R02
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/B08Q36D95V/japanontheg01-22/

・リサ・クロン『脳が読みたくなるストーリーの書き方』★★、フィルムアート社、H28
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4845916088/japanontheg01-22/

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