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JOG(1342) 歴史人物から生き方を学ぶ ~ 歴人便り(7) 安達弘『信長のいない信長の授業でよいのか』

 生徒たちが「人間・信長」の生き様に触れてこそ、自らの生き方を考えることができる。


■1.人間を描いた漫画版日本の歴史の面白さにハマった

『信長のいない信長の授業でよいのか』、この書名が現在の歴史教育の問題点をズバリと指摘しています。著者の安達弘氏は長年の小学校教師務めを定年退職して、現在はNPO法人 歴史人物学習館の理事を務めながら、全国で講演活動もされています。

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 現に生きている人と会うように、史上の人物とつきあわねばならぬ。

 これは昭和期の文芸評論家・亀井勝一郎の言葉だ。
私は三十数年、この亀井の言葉を実際の歴史授業で実現したいと考えて小学校の教壇に立ってきた。[安達、p10]
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 亀井勝一郎の言葉に共感したのは、安達氏が小学生の時に、初めて「歴史」に触れた時の体験があったからでしょう。
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 小学校四年生だった私は書店で漫画版日本の歴史を買って読んだのだが、今でも鮮明に覚えているのはなぜか最初に第八巻の戦国時代編を買ったことである。表紙をめくって最初に目に飛び込んできたのが扇子を持って「美濃へ!」と叫んでいる信長の一コマだった。この最初の一コマ目にアクティブな信長イメージが凝縮されていたように思う。

 次のページには豊臣秀吉が美濃攻略のために相手方の有力な家来である三好三人衆を調略して寝返らせる場面、さらに信長の前にひれ伏しながら秀吉と明智光秀の二人のライバル意識が激突する場面が続いていた。

 このように、漫画版日本の歴史は人間を描いていたのである。 だから、それを読んだ私は歴史の面白さにハマったのだと言ってよいだろう。[安達、p31]
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 これに類した「歴史」の体験を、多くの読者はお持ちでしょう。こういう体験を持っている人から見れば、現在の歴史教育は、信長の名前は挙げても、そこに活き活きとした「人間信長」は登場しないのです。

■2.生きた「人間信長」の姿が見えない授業

「信長のいない信長の授業」の一例を、安達氏はこう再現しています。
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 先生は教科書と一緒に年表を出すように子どもたちを促す。
 年表の事項と教科書の信長に関係する部分を照らし合わせながら信長の事跡を追っていく。
 信長が桶狭間で今川氏を破り、その後各地の戦国大名にその名が知れ渡り、上洛して室町幕府を滅亡させ、天下統一を進めた様子を、エピソードを交えて年代を追いながら確認していく。

 そして、最後に教師は歴史地図を配布し、一つの課題を示す。「なぜ、信長は天下統一の事業を推進することができたのだろうか」
 生徒からいくつかの意見が出される。
 生徒同士や先生とのやりとりの中から以下の三つが有力であるという結論になる。
 *信長の本拠地・尾張が京都に近かった。
 *周囲に大きな大名が比較的少なかった。
 *豊かな濃尾平野が領地であった。
 先生にとってはここが生徒に考えさせたい大事な学習のポイントである。
 最後に本能寺の変を取り上げて話が終わったところで授業終了のチャイムが鳴った。[安達、p18]
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 資料を活用し、生徒に考えさせる授業にはなっていますが、「私はこの授業に強い不満を感じる」と安達氏は指摘します。

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 信長の授業のはずなのに「信長がいない」からである。
 いや、確かに授業では織田信長を取り上げてはいる。
 だが、生きた"人間信長"の姿が授業の中では見えないのである。 もっと言えば、信長でなくて別の人間であっても、尾張に住み、周囲に大きな大名が存在せず、領地が豊かならば天下統一の事業が推進されたかのような印象の授業になっている。
 これが私の言う「信長のいない信長の授業」である。[安達、p20]
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■3.「歴史科学」か、「歴史人物学習」か

 安達少年が見た「扇子を持って『美濃へ!』と叫んでいる信長」の漫画と、「別の人間であっても、尾張に住み、周囲に大きな大名が存在せず、領地が豊かならば天下統一の事業が推進された」かのように説く歴史授業とは、歴史に対する全く異なるアプローチです。

 前者は「生きた"人間信長"の姿」を描いています。後者は、歴史の中に法則性を見つけようとする「歴史科学」アプローチと言って良いでしょう。「歴史科学」とは、物理学など「自然科学」のアプローチを模倣しているのでしょうが、それはもともと無理な話です。

 自然科学における法則とは、「リンゴが木から落ちる」という万有引力の法則のように、いつでもどこでも成り立つものです。リンゴがミカンであっても、成り立たなければなりません。

「歴史科学」的アプローチはどうでしょう。「京都に近く、周囲に大きな大名が存在せず、領地が豊かならば天下統一ができた」という仮説は、信長でなくとも、たとえば美濃の戦国大名・斎藤道三でも成り立つでしょうか?

 道三は尾張よりももっと京に近い美濃を所領としていて、その土地は「美濃を制する者は天下を制する」と言われたほど豊かな土地でした。その道三は所領統治能力の欠如から家臣団に見限られ、廃嫡しようとしていた息子も叛旗を翻して、討たれてしまいました。信長より良い条件に恵まれても、道三が天下を取れなかったということは、人物を考慮しない仮説の欠陥を示しています。

 自然科学とは違って、歴史には人間が登場します。人間は志を持つ主体的な存在です。「扇子を持って『美濃へ!』と叫ぶ信長」だからこそ、斎藤道三よりも不利な状況でも天下統一をやり遂げたのです。こちらの漫画の方が、人物の志の重要性を描き、さらに美濃の重要性など、時代と社会についても、はるかに深く捉えています。

■4.信長になったつもりで安土の町づくりを考えよう

 安達氏が提示している「信長が登場する信長の授業」を見てみましょう。まず次のような「お話」をプリントで説明します。

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 信長は安土を日本一の町にしたいと考えました。そのためにはたくさんの人が「ここに住みたいな」と思うような町づくりを進める必要があります。そこで、みなさんに信長になったつもりで安土の町づくりを考えてもらいます。安土をできるだけたくさんの人が「ここに住みたい」と思う町にするにはどんなことをすればよいでしょうか?

 さてある日のこと、信長は貧しい農民に変装して安土近くの街道に出向き、こっそりと農民や商人の会話を聞き、町づくりに生かそうと考えました。あなたもこの会話を町づくりの参考にしてください。[安達、p36]
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 農民と町人は、いろいろな話をしますが、その中にこんな話がでてきます。

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「ところで昨日、そこの木の下で話をした茶碗売りの商人が怒ってたなあ~」
「どうして?」
「川を使って舟で茶碗を運んできたらしいんだが、ここに来るまでになんと十カ所も関所があって高い通行料を取られたらしいんだ」
「知ってるよ。土地をたくさん持っているお寺が勝手に通行料を取るんだよな。だいたいお寺が通行料で金儲けするなんてひどいよ」

「それだけじゃなくて。その茶碗売りがお店を出して売ろうとしたら、同業者の座の連中が店を出すにはお金が必要だ!と言ってじゃましてきたんだって。お金を出して座に入らないとダメらしいんだが、新人はなかなか入れてもらえないらしい」

「ひどいなあ。それじゃこれからがんばろう!っていう人にチャンスがないじゃないか」[安達、p38]
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■5.織田信長になってみて考える

 この話を読んだ上で、子どもたちは信長になって「ここに住みたい!」と思わせる町づくりのアイデアを出し合います。こんな案が出てきました。
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「信長が決めた範囲なら二つまで店を出してもよいという許可制にする」
「店を出す場所を毎回同じにしてお金は取らない」
「座を廃止して新人でも自由に商売ができるようにする」
「お寺が勝手に通行料を取ったら罰金。その罰金で武器を購入する」
「安土に住むことを決めてくれたら通行料は取らない」[安達、p43]
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 実は小学校の教科書にも「安土の城下町では、商人が自由に営業することを認め、交通のさまたげになっていた各地の関所をなくすなどして、商工業を盛んにしようとしました」と書いてあります。こういう一文を頭から問答無用で注入されるのと、子どもたちが主体的に考え出すのと、どちらが面白い授業になっているのかは、言うまでもありません。

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 こうして子どもたちは信長になってみて、戦国期という時代の条件をもとにシミュレーションすることで織田信長に一歩近づくことができる。信長の「志」を体験し、信長の歴史上の功績を実感できる。
 しかも「自分が考えたことはあの信長も考えていた?」という稀有な体験もできる。これはうれしい体験である。ますます信長は身近になる。
 この展開ならば、信長になって考えてみること=信長の思考・創造・決断を「追体験」することで"人間信長"を感じ、理解することができる。そして、戦国時代を体感できるのである。[安達、p46]
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■6.歴史人物の生き様を「追体験」する

 歴史人物の生き様を「追体験」する、という点がキーワードです。意識的に「なってみる」ことまでしていなくとも、歴史人物に我々が共感するのは、その人物の生き様を追体験しているからです。

 たとえば、本年9月1日に関東大震災百年を迎えたのを機に、東京都の中学校が地理の授業で、帝都復興に尽くした後藤新平をテーマに感想文祭りを企画しました。安達氏は歴史人物学習館の理事でもありますので、短期間で後藤新平のお勧め読み物・動画を十数編集めたページを作成してくれました。

 その中学校では生徒155人にそれを視聴した上での感想文を書いて貰いました。優秀感想文の一つは次のようなものでした。
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(中二女子)
 私は生まれ育った墨田区が大好きだ。大きな公園で友達と遊べる上に、景観が美しいからである。しかし、百年前の墨田区は焼け野原であった。

 後藤新平がまず初めに取り組んだのは、橋の建設である。当時規制の多かった陸上より先に、川の上の復興を始めたのだ。そして次に行ったのは、区画整理である。関東大震災での死者・行方不明者の9割以上が火災によるものだったため、延焼しないためのまちづくりに力を入れた。現在も昭和通りや錦糸公園として残っている。

 もしも今、後藤新平に会えるなら、迷わずこの街が好きだと伝えたい。彼が残したものはこれまでもこれからも多くの人を救うと思う。だから私は後藤新平と墨田区が大好きだ。[歴史人物学習館]
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 生まれ育った墨田区の恩人を学んだ喜びが文章に躍動しています。そして「関東大震災での死者・行方不明者の9割以上が火災によるものだったため、延焼しないためのまちづくりに力を入れた」という後藤の生き様を追体験し、その志に共感しているのです。

■7.子どもたちが「生き方を学ぶ」歴史人物学習

 冒頭の「現に生きている人と会うように、史上の人物とつきあわねばならぬ」という亀井勝一郎の言葉を、安達氏は、つまりは「人物を通して生き方を学ぶ」ことだと指摘しています。

 子どもたちは先人の生き方を追体験することによって、自分の現在の生き方を省みて、先人のように志を持って生きていこうとします。たとえば後藤新平を学んだ生徒たちの感想文では、こんな結びが並んでいます。

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 いつになっても安心して暮らせるようにと先のことまで考えた後藤さんはとても素晴らしいです。だから私は後藤さんを見本にして、良い未来のことまで考えて行動できる人間になりたいです。(中二女子)

後藤新平が百年も先も安心して暮らせるように築いた東京を僕たちがしっかり守るとともに、次の世代のためにも安心して暮らせる東京を築いていこうと思います。(中二男子)

あの大変な時代に築いてくれたこの東京を、今度は私たちが守っていかなければいけないと思った。だから、もっと防災を知り、まずは身の回りの安全を守ろうと思う。(中二女子)
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 学習指導要領・地理歴史編では、学習の目的の一つとして、「平和で民主的な国家及び社会の形成者」の育成を挙げています。国や社会を作り守ろうとする主体的な志をもった国民の育成を目指すということです。そのためにこそ、生徒たちが生き方を学ぶ「人間信長がいる信長の授業」でなければならないのです。
(文責 伊勢雅臣)


■リンク■

・歴史人物学習館「感想文祭り第7回(後藤新平中二155人、東京都、R051002)」
https://rekijin.net/kansou7/

■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

・安達弘『信長のいない信長の授業でよいのか:ー歴史人物学習の理論と実践』★★★、Independently published
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/B0CK5WWGRT/japanontheg01-22/

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