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学生スポーツチームの「盲点の窓」を開いた話


引退する4年生の涙を見て感じたこと

試合終了のホイッスル、うなだれる選手たち、試合終了後に涙ぐみながら挨拶する主将。
最後まで走り抜いた達成感、4年間で感じた悔しさや嬉しさ、その4年間を支えてくれた仲間、家族、先人たちへの感謝、チームを代表して主将がその想いを言葉にし、コロナに振回されたシーズンが幕を閉じた。
その言葉を聞いて、いろいろなことが頭を思い巡った。
そこで感じたことを言語化してみたい。

京都工芸繊維大学男子ラクロス部

京都工芸繊維大学は学生数(学部生のみ)で見て2,656名(2020/5/1時点)のスモールサイズの理系の国立大学である。
男子ラクロス部には女性部員も含めて35名程度が在籍。
2020シーズンは関西学生ラクロスリーグの3部リーグに所属し、2部昇格を目標に活動してきた。
理系の大学ということもありレポートや実験が多い中、部員たちは明確に「学業優先」を謳い、勉強・部活の双方に手を抜くことなく日々を過ごす、というスタイルをもったチームである。
深夜まで実験をこなし睡眠不足で眠い目をこすりながら練習に参加する部員も中にはいる。
優勝争いをする強豪校で学生アスリート時代を過ごした筆者から見て、3部に在籍する同チームに物足りなさが無かったといえば正直嘘になる。
が、学業と部活の両方に手抜きすることなく向き合い、日々成長しようと真摯に取組む彼らへのリスペクトの気持ちの方が何倍も上回り、2020年から同チームのGM補佐として携わらせてもらうことになった。

ラクロス界の2020年シーズン

スポーツ界にとって2020年シーズンは様々な意味で忘れられない年になった。
いうまでもなく、新型コロナウィルスが全ての元凶である。
東京五輪・パラリンピックは延期を余儀なくされ、各プロスポーツは無観客や客数限定で試合を開催、中にはシーズン中止に追い込まれるものも。
当然、アマチュアスポーツも軒並み例年通りの大会開催には至らず、中止に追い込まれた大会も少なくない。
ラクロスにおいては、新型コロナウィルスの発生や予防策を勘案して、例年通りのフォーマットではなく「特別大会」と銘打った公式戦が開催されることになった。
多数の競技が公式戦の開催を見合わせる中、ラクロスはコロナ予防に最大限の配慮を巡らせながら、希望するチームに対しては「特別大会」として公式戦の機会が提供された。
参加を希望するチームが公式戦に臨めないまま引退する、という事態は回避された形であり、見方によってはこれだけでも有り難いのかもしれない。
ただ、この「特別大会」は例年の公式戦と大きく異なる点がある。
全国大会と入替え戦(上位リーグと下位リーグの昇降格をかけた戦い)が無い。
日本一を目指して頑張ってきたチーム、上位リーグ昇格を目指してきたチームは、その目標が戦う前から消滅する、という事態に直面することになった。

京都工芸繊維大学男子ラクロス部にとっての2020年シーズン

2部リーグ昇格を大きな目標として掲げてきた京都工芸繊維大学男子ラクロス部も、戦う前から「2部昇格」という目標を奪い去られる状況に直面した。
4年間の血と汗と涙をかけて、「今年こそはもぎ取ってやろう」と目標に掲げていた2部昇格が消え去った。
昇格して勝利の雄叫びを挙げたり仲間と喜びを分かち合うどころか、昇格を逃して傷つき悔し涙を流す、そんな権利すら残酷にも奪われてしまった状況。
モチベーションも保てない中で試合に臨むのはすごく難しい。
特別大会のフォーマットが決定し、2部昇格が無くなることが確定した際、ヘッドコーチ、GM、GM補佐(私)、そして最上級生(12名程度)との間でオンラインミーティングを行った。
ヘッドコーチが「公式戦は実施される、ただ2部昇格は無い」ということを告げた時、誰からともなく部員が涙を流しながら心情を順々に吐露していった風景は、私にとって忘れられない光景となった。
「2部昇格が無くなった今、どうしたらいいのかわからない。ただ、最後の最後までラクロスはやり遂げたい。」というのが最上級生の総意だった。
このミーティングを見た時に、GM補佐として、大人として彼らのために何かをしてあげたい、と感じた。
同時に、同チームのラクロス部とは一体何なのか?ということを考え始めた。

部活は、学生スポーツは、部員にとって何なのか?

京都工芸繊維大学ラクロス部とは何なのか、の前に、そもそも部活とは何なのか、学生スポーツとは何なのか、を考えてみた。
まず、部活で競技をしている以上、対戦相手と優劣を競い勝利を収めることが上位概念にくる目標になる。
そのため、基本的にありとあらゆることは勝つことからブレイクダウンして設計し構築することになる。
具体的には
・勝つために競技力を高める⇒そのために得点力を高める⇒そのためにスキルを磨く/体をデカくする⇒そのためにプロ選手の映像や練習メニューを取入れる
・勝つためにチームワークを磨く⇒そのために選手同士のコミュニケーション頻度を高く維持する⇒そのために練習外でも話す場を設ける⇒そのためにブラザー/シスター制度を導入する
といった感じで。
上記のように、端的にいうと、部活は勝つという目標に向けて鍛錬する、ということに尽きると思うし、現にどのチームもそのように取組んでいる。
ここに、各チームの台所事情や選手の特徴、練習環境、といった点が制約条件が加わることで、練習内容やチームの作り方、といった部分にチームの個性が出てくる形になる。
京都工芸繊維大学の場合は、少人数母体で学業優先というポリシーを貫くなど他のチームと相対比較して練習時間が確保できない中、限られた時間と人数で日々の練習から最大のパフォーマンス発揮を目指す、といったところ。
現役の部員たちは、勝利という目標に向き合い、制約条件を踏まえて、自分たちがどう戦っていくのかを決め、そのうえで必死に戦う。
必死で戦う場を自分たちで作り上げるからこそ、価値があると感じる。
部員にとって、部活とは上述のようなものではないのだろうか。
そして、2020年は部員にとって「勝利」という目標が消失した1年間になったといえるのではないだろうか。

部活は、学生スポーツは、部員だけのものなのか?

部員にとっての部活、学生スポーツは前項のようなイメージだと思う。
では、部活、学生スポーツは部員だけのものなのか?
もし、部活、学生スポーツが他の誰かとオーナーシップをシェアしているものだとしたら、シェアをしている人物はどんなイメージを持っているのだろうか?
「必死で戦う場を自分たちで作り上げている」ことに価値を感じる以外に、異なる目線で異なる価値を感じる人がいるのではないだろうか?
もしかしたら、ジョハリの窓でいう「盲点の窓」のように、部員が気付いていない価値があるのではないだろうか?
(ジョハリの窓 盲点の窓 https://blog.counselor.or.jp/business_p/f328
私の頭はそうした感覚に苛まれていたが、うまくこの部分を言語化できないでいた。

NCAAのラクロスチームからの想起

4年前、米国留学時に執筆した留学先のブログを読み返してインサイトを獲得し、少し輪郭が見えてきた。
https://ameblo.jp/smithjapan-official/entry-12140715122.html
("March Madness" University of Maryland Smith MBA 日本人在校生ブログ より)
私が留学していたUniversity of MarylandはNCAAのラクロスにおいて超名門校であり、在学中は何度もスタジアムに足を運んだだけでなく、キャンパスでも頻繁に選手たちと遭遇し、練習だけでなく勉強にも手を抜くことなく取組む姿を何度も目にしてきた。
そして最も印象的だったのは、彼ら/彼女らは常にファンや自らを支援してくれる人(親・卒業生)を大事にしていることだった。
スタジアムでのファンや家族からの声援に加え、フィールド内外での卒業生からの絶え間ないサポート(金銭的サポートから差入、インターンシップの斡旋まで)を受けて、彼ら/彼女らは「自分たちがスポーツをする姿が誰かをワクワクさせたり、勇気づけたり、誰かの心を動かしたりしている」ということに、米国の学生アスリートは気付いている。
だからこそ、ファンや家族・卒業生にはきっちりと挨拶をするし、感謝とリスペクトを込めた振る舞いもする。
つまりチームは自分たちだけのものではなく、ファンや家族・卒業生とオーナーシップをシェアしている、と暗黙的に認識しているのだ。
これは、MarylandのようにNCAAのDivision 1.で優勝するようなチームに限らず、Division 3.に属する地方の小規模チームであってもファンや支援者を大事にするスタンスは同じであった。
この「自分たちがスポーツをする姿が誰かをワクワクさせたり、勇気づけたり、誰かの心を動かしたりしている」という構図は、間違いなく日本にも当てはまると感じた。
そしてこの構図が腹落ちする程度に理解できれば、2020年に日本で部活に打込む動機が新たにできるのではないか、とも感じた。

昇格が無くても部に価値はある、では価値を誰に届けるのか

「自分たちがスポーツをする姿が誰かをワクワクさせたり、勇気づけたり、誰かの心を動かたりしている」という価値は、京都工芸繊維大学男子ラクロス部も持っている、ということは先述のミーティングでの最上級生の涙を見て確信していた。
あとは、その価値を誰に届けるのか、京都工芸繊維大学男子ラクロス部のオーナーシップを誰とシェアするのか、定めるだけだった。
関西学生リーグの中でずば抜けて強いわけではない、日本代表のようなスーパースターがいるわけでもない、今年のチーム。
コロナと対峙しながら、何とか練習機会を創出し来たる試合に向けてひたむきに頑張り続けた姿を見続けてきた人には、この価値は間違いなく届く、と考えると、この価値を届けるべき人は部員の家族と卒業生、という考えに至った。
では、どのようにしてその価値を届けるか。
考えはあっても、それを形にする方法が手元には無かった。

その価値を届けてみた

2020特別大会は、新型コロナウィルス感染拡大防止の観点から、試合会場への立入をチーム関係者に限定する措置が採られ、チーム関係者以外の現地観戦は禁止された。
その代替措置というわけではないが、試合を戦うチームが自主手配で試合の様子をオンライン配信することが可能になっていた。
その状況も踏まえ、ヘッドコーチとも相談のうえ、部員の家族と新入生(コロナの影響で例年は4月に獲得できていた新入部員が獲得できていなかったため、新入生勧誘の意図で)をメインの視聴者ターゲットに設定し、オンライン配信の準備を進めていっていた。
配信が決まり機材の手配などを進めている段階で、チームの卒業生が2020の現役部員に対して何かサポートできることが無いか色々検討している、という情報を入手。
その卒業生と連絡を取り、卒業生3名が有志で現役生を応援する「マスクプロジェクト」を立ち上げて下さり、このプロジェクトのサポートメンバーとして私も協力させてもらうことに。
オンライン配信をフックに、部の価値を部の外に届ける活動が展開された。

価値を届けるために実施したこと

(ご家族向け)
・最後のシーズンを送っている最上級生のご家族に応援メッセージ作成依頼
・併行して、部員からもご家族に向けた感謝のメッセージを作成依頼
・部員にはご家族からの応援メッセージを試合前に伝達
・実況配信時に部員からご家族への感謝メッセージ紹介
・実況配信時にご家族から部員への応援メッセージ紹介
(卒業生向け)
・ラクロス部名とロゴの入ったオリジナルマスクを制作
・マスク2枚分の値段で卒業生にマスクを販売
・卒業生が1枚マスクを購入すると1枚が現役に行き渡るという仕組みに
・現役部員数以上の販売枚数に至った場合、マージンを部の運営費に充当
・購入時に、部員への応援メッセージを添えてもらう仕組みに
・部員には卒業生の応援メッセージを試合前に伝達
・実況配信時に応援メッセージをいくつか紹介
(ポイント)
・部員たちがラクロスをしている姿こそが価値の源泉のため、密度の濃い視聴者とのコミュニケーションを配信中に行うことを心がけた
・配信では、試合風景を通じて臨場感を、部の雰囲気や特色を紹介することで仲間意識を、感謝や応援のメッセージを紹介することで自分ごと化を、視聴者が高められるように心がけた
・そうしたことを積重ねて、視聴者の心に部の試行錯誤や苦労、情熱などのエモーションが届きやすい状態を作るよう意識した

図1

図2

「盲点の窓」が開いた

主将をはじめ最上級生を中心に、「感謝のメッセージを表現する」ことと「これだけの人に応援されてるんだよ」ということは意識的に何度も伝えてきた。
「自分たちがラクロスをする姿が誰かをワクワクさせたり、勇気づけたり、誰かの心を動かしたりしている」という感覚については、100%腹落ちするレベルまで認識できたかどうかはわからないが、少なくともその輪郭は感じ取ってくれたように思うし、自分たちが応援されていることは理解してくれたと感じている。
「応援されていることに感謝しろよ」と感謝を強制することよりも、「自分たちは応援される価値のあるチームなんだ」と自覚してもらうことの方が、「これからも応援される価値のあるチームであり続けたい」と考える動機にもなるし、そうなると自然と感謝の念も内発的に出てくるのではないだろうか。
盲点の窓に確実に光は差したと思うので、来年以降もこれを継続させ、完全に窓が開いた状態に持っていきそれを維持したい。

取組みの結果

今回のマスクプロジェクトと試合のオンライン配信の取組みを通じて、ある程度の実績は挙がった。
卒業生へのマスク販売は「え?失礼ながら今までやり取りしたこと無かった方まで買ってくれてるやん!」という風に、これまで普通にOB会費徴収のお願いではリーチし切れなかった方からのレスポンスを引出し、マスクプロジェクト単体で配送費などの経費を差引いても黒字になっている。(黒字分は部の活動費に充当)
オンライン配信プラットフォームであるYouTubeの閲覧数は、チーム・卒業生・学校の規模を考慮すると、他チームよりも高い数字をたたき出しているといえる。
チャット欄にコメントを残していただいた方はやや偏りがあったが、ご家族の方にもたくさん見ていただけたと思う。(アンケート結果より推測)
唯一の後悔としては、新入生の視聴者獲得に向けた打率の高いアプローチを構築し切れなかった点か。
総じて、初めての取組みで探り探りやっていたとはいえ、全体的には合格点ではないだろうか。

ちょっとした考察

今回の取組みを通じたちょっとした考察としては、
・OB/ご家族は部員を応援する意欲はあるが表現の方法が無かっただけ
(理論的にリーチできたOBのうち30%近くがマスクを購入、ご家族は依頼対象数のうち66%が応援メッセージを送ってくれた)
・部の価値を対外的に伝えるには、大人の知恵がある方が打率良く伝わる
(社会人経験があり、価値を受取る側の大人の目線で物事を考えることができた。学生だけで大人目線から物事を考えるには限界があるのでは?)
・部、大学、OBG会など調整箇所が多く調整コストもかかるうえに、管理コストも発生はしてしまうだろうが、「大人の知恵」を企業からスポンサーシップという形で獲得することも選択肢に挙げて良いのではないだろうか
(京都工芸繊維大学男子ラクロス部で実施するという意味ではなく、一般論としてラクロスをはじめとした学生スポーツにおいてという主旨)

以上、お読みいただきありがとうございました。

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