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せいかな!! 第一話「入學!」

え、あたしがこの街を説明するんですか?
うーん、何から云へばいいのかな……。

ええっと、はじめまして。あたしは淺海梨紗って云ひます。今日から高校生です。

この片田舎、降星(おりぼし)縣龍角市がどんな街かと云ふと――
Wikipediaによると、人口55000人程度ってあります。山と海と、小さな島がある、田舎にしてはそこそこ商業も工業も発達した街です。でも、それは海沿ひだけ。山の中はなーんにもありません。ちょっとした團地と、小さな工場とか、老人ホームとか、そんなのしかないです。
海の近くの小高い丘の上に、降星縣立龍角高校と云ふ普通科高校が存在します。
ちょっと女子多めの共學で、全日制で、偏差値は――昔はそこそこだったけれど、今はちょっと……と云った邊り、かな。部活は、放送部と、あとテニスがちょっと強いみたいです。他はみんなパッとしない感じかな。
龍角高校は丘の上の更にちょっとした坂の上にあって、のぼるのがしんどいです。あと、創立20年未満の結構新しい高校なので、校舍が綺麗です。

高校生になったんだから、新しい友達とか出來るといいなあ。

あと、部活やりたい、部活!

いざ! 新生活!! 輝け! 新しいあたし!

あ、話がズレましたね。とにかく、今から入學式行ってきます!

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入學式から一週間後。
深川樹里は、中學からの知り合ひ達が仲良く談笑してゐるなかで、ぽつんと一人で窗側の席に座ってゐた。

所謂「標準服」とされる、式典用の紺色の制服。ブラウスのリボンは式典用の臙脂色。胸まで伸びたストレートの黒髮。切れ長の瞳。長い睫はビューラーできちんと上げられてをり、肌にはほんのりと化粧を施してある。色のついてゐないリップが、ほんのりと差し込む光で輝いてゐる。

この學校には彼女の知り合ひが誰もゐない。本命だった私立高校に落ち、不本意ながら家に一番近い高校へ半ば自棄のように進んだ。數少ない友人たちは皆その私立高校か、別の偏差値の高い公立高校へと進んでしまった。
「本當に良かったの?」とは云はれた。けれども、あの私立高校の演劇部でなければ、彼女には意味が無かったのだ。

もう演劇なんか辭めてしまはう。さう思って、樹里は演劇部の無い龍角高校を選んだと云ふ事情もあった。

樹里は二時間目の國語の教科書とノートを机の中から取り出して、机の上に竝べた。
今日も誰とも話さないで、授業を受けて、家に歸るのだらう。さうぼんやりと思ひながら、樹里は鞄から本屋のカバーがかかったままの文庫本を取り出して、手作りの栞を机の上に置いた。

「わぁー!」

その瞬間、所謂「女子がかはいいものを見た時の歓声」が眞横から聞こえた。
「えーっと、深川さん! だよね? その栞可愛いね?」
樹里は、はにかみながら自分を見つめる、その少女を見た。

制服が少し體より大きい樣な氣がする。リボンは明るいピンクストライプで、市販のものの樣だ。左胸のポケットには、キラキラした細身のペンがささってゐる。
一番目立つのは、やや毛量が少ないが、とても艶のある黒い髮を高く結んだツインテール。茶色の繊維なしのマスカラが施されたぱっちりした瞳。薄化粧だが、手拔きはしてゐない。あ、うるさい先生にはこの色付きグロスは引っ掛るかもしれないな、と思ひながら、樹里は笑んだ。
「これ、手作りなの。淺海さんでも簡單に作れるよ」
最初の自己紹介の時に、淺海と深川はどちらがより深いのだらうと考へたので、淺海の苗字は覺えてゐた。
「マジで! こんな可愛いのが自分で作れるなんて……ヤバい!」
「先づ、白か黒の畫用紙で栞サイズの小さな切り繪を裏表で作って、下に綺麗な色紙を敷いて、フィルムに挟んでラミネーターにかけるだけ、あとはパンチで穴を開けて、リボンをつけて、おしまひ」
「ラミネーターって何?」
「えっと、圖書館のカードとかで使ってる、紙の表面に透明のフィルムを挟んで加工する――ていふか、淺海さんはこの市の人?」
違ふ市だとカードの仕様が違ふかもしれないと思った樹里は、一應尋ねた。
「生まれも育ちも龍角市だよ! 圖書館、うちの近くなんだ。學校からちょっと遠いんだよね。うんうん、わかるわかる、ああいふカードね。なるほどー、あれってこんなのも作れるんだー」
「淺海さん、これ機械にかける時に纏めて幾つか作ったからまだ家にあるんだ。欲しいならあげるよ」
樹里は机の上の栞のリボンをつまんで差し出した。
「マジ! ほんとに良いの? ぢゃ貰ふ! ありがたう、深川さん!」
受け取る梨紗の兩手から、薔薇の香りがほんのりと漂ふ。さういへば、よくハンドクリームを塗ってゐたな、と樹里は思ひ出した。
「樹里でいいよ。淺海さん」
「えー、ぢゃああたしも梨紗でいいよ、樹里ちゃん。栞、表の女の子の横顏の切り繪も良いけど、裏のお花も綺麗!」
「どっちも家にある圖案集からアレンジしてるから、この繪はオリジナルぢゃないんだけどね」
樹里は少し恥づかしさうに下を向いて笑った。
「ふーん、凄いなー。あたしもかういふ特技欲しーい。あ、樹里ちゃんって晝ご飯いっつも獨りぢゃん? あたしも獨りなんだ。超友達居なくて。一緒に食べていい? 今日のおやつはじゃがぴこでーす!」
「勿論いいよ。梨紗さん」

ああ、これから、私の本當の學校生活が始まる。
二人はなんとなく、さう思った。

かうして、深川樹里と淺海梨紗は出會ったのであった。


【あとがき】
久しぶりの三人称の小説なのでなかなか難しいです。
正字正かなで綴られるゆるふわハイスクールライフです。
勿論部活に入れますので、お樂しみに。

一應投錢コーナーは設けておきます。

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