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上肢の軸となる脊柱(背骨)「背中」の痛みと疾患

上肢の軸となる脊柱(背骨)
背中の痛みには重要な疾患が隠れている可能性があります。整形外科的な疾患としては変形性脊椎症、脊髄腫瘍、脊椎腫瘍、脊椎損傷、側弯症などがあり、脊柱(背骨)を損ねると、日常生活に支障を来しかねません。脊椎・脊髄腫瘍などでは背中にズシンと感じる痛みがあります。ただ、背中の近くには膵臓、腎臓などの臓器もあり、背中の痛みが、それらの臓器と関係している恐れもあります。特に膵臓がんは脊髄・脊椎腫瘍と同様、背中にズシンとした重い痛みを感じることもあり、疾患の見極めが重要になります。


脊髄腫瘍

腫瘍が脊髄を圧迫し背中に痛みやしびれが生じる

 背中に痛みがある場合、まれなケースですが、「脊髄腫瘍」の可能性もあります。背中だけでなく、手足にも痛みやしびれが出たら、ためらわず医療機関を受診しましょう。 脊椎すなわち背骨の中を、脳の底部から下方へ長く伸びた神経の管が脊髄で、脊髄や脊髄神経(神経根)、それらを包む硬膜、脊椎から発生する腫瘍を総称して脊髄腫瘍といいます。10万人のうち1・5人が発症するといわれている珍しい疾患です。腫瘍ができる場所によって、呼称が変わります。
 脊髄の中にできるものが「髄内腫瘍」で、脊髄を包んでいる硬膜の内側にあるものを「硬膜内髄外腫瘍」、硬膜の外側にあるものを「硬膜外腫瘍」と呼びます。硬膜の内側と外側にできる「ダンベル型」というタイプもあります。
 最も多く見られるのが「硬膜内髄外腫瘍」で、髄膜腫、神経鞘腫などが含まれます。髄膜腫は神経を包む膜(硬膜)から発生し、脊髄を圧迫します。神経鞘腫は1本の脊髄神経根から発生するケースが多く、これもまた脊髄や脊髄神経を圧迫。痛みやしびれ、手足の脱力などの症状が生じやすく、進行すると歩行障害、排尿障害などが生じることもあります。
 ただ、「硬膜内髄外腫瘍」は適切な時期に手術を行えば多くの場合、腫瘍すべての摘出が可能で、神経症状の改善、悪化予防などが期待できます。

ほとんどの場合手術で腫瘍を切除

 「硬膜外腫瘍」は脊柱管の硬膜外スペースにできるもので、硬膜の外から脊髄を圧迫します。脊髄から神経を通って全身に信号が送られるので、症状が出るのは背中とは限りません。腫瘍ができる箇所にもよりますが、首・肩や手足、あるいは腰部などに痛みや感覚障害、麻痺、しびれなどが現われるケースもあります。いずれにしても、痛みや麻痺といった自覚症状によって発覚することが多い疾患です。「髄内腫瘍」は脊髄の中に発生する腫瘍です。
 脊髄腫瘍の診断は医師による診察に加え、MRIが非常に有用です。腫瘍はどこにあるのか、大きさはどのくらいなのかなどを調べます。治療はほとんどの場合、手術で腫瘍を切除します。

主な治療法

  • 手術

治療法

術前の画像診断に基づいた綿密な手術計画が必要/脊髄腫瘍の手術
 脊髄腫瘍の治療は脊髄の後方からの外科的腫瘍摘出が原則となります。良性で小さく、脊髄を圧迫する可能性が低い腫瘍の場合は経過観察とすることもあります。
 脊髄は神経の中枢器官で、人体で極めて重要な役割を担っています。そのため脊髄腫瘍の手術は術前の画像診断に基づいた綿密な手術計画が必要です。
 術中には解像度の高い手術用顕微鏡視下で脊髄の機能が傷害されていないかどうかを電気的に確かめるモニタリングを行いながらの緻密な手技、的確な状況判断などが要求されます。
 また術後麻痺の悪化や感染、脊柱変形の進行などの合併症のリスクもあります。中でも髄内腫瘍は脊髄の中にできますから手術は難しいものとなります。
 悪性度の高いものなどでは切除しきれないこともあるので、その場合は残存した腫瘍に対して放射線治療を行ったり、化学療法と併用したりします。
 また硬膜外に悪性腫瘍(例えば悪性リンパ腫)が発生することがあり、その場合は、まず放射線治療を選択することもあります。
 いずれにしても脊髄腫瘍の手術は高い技術が必要となるので、設備が整い、過去に多くの手術実績のある医療機関を選択することと、術前に担当医から十分な説明を受けることをお勧めします。


側弯症

整形外科的な背中の痛みの多くが脊柱の疾患によるもの

 背中は一般的に頸部の下あたりから胴のくびれあたりまでを指し、背中の中央部に脊柱(背骨)が通っています。筋肉痛や内科的疾患を除けば、背中の痛みの多くが脊柱の疾患によるもので、主なものとして変形性脊椎症、脊髄腫瘍、脊椎腫瘍、脊椎損傷、側弯症などが挙げられます。
 側弯症とは脊椎が正面から見た時に椎体のねじれ(回旋)を伴いながら左右に曲がっていて、前方から見て脊椎がコブ角(脊椎のカーブを示す角度)で10度以上曲がっている状態をいいます。
 側弯症は「機能性側弯症」と「構築性側弯症」の2つに分かれます。前者は背骨自体には問題がなく、背骨以外の疾患(腰椎椎間板ヘルニアや股関節疾患など)によって引き起こされるもので、原因を解決すれば多くの場合、側弯は改善します。
 後者に多く見られるのが特発性側弯症で、原因ははっきりとはわかっていません。先天性のものや脊髄の疾患が原因で起こるものもあります。
 現在は「運動器学校検診(2015年度までは側弯症学校検診)」が義務付けられており、検診で発見されることも少なくありません。早期に発見し適切な治療を行えば、多くの場合、大きな変形を残さずに成人し、通常の生活を送ることができます。
 大きな側弯を放置しておくと、若年期には体幹の変形以外にはほとんど身体症状は現れませんが、壮年期以降に心肺機能障害や強い腰背痛を訴える可能性が高くなりますので、手術を考慮します。

加齢による高齢者の側弯症増加が目立つ

 最近は加齢による高齢者の側弯症の増加が問題視されています。原因として、①幼年期の小さな側弯が経年変化によって大きな弯曲となった、②加齢で椎間板が左右非対称に擦り減り、脊椎に傾きが生じた、③骨粗鬆症により背骨の一部がつぶれて全体が曲がったなどが考えられます。
 大人の側弯症の場合、薬物療法で効果がなければ手術を検討します。

主な治療法

  • 装具療法

  • 側弯症矯正手術

治療法

入浴や運動時を除いて、ほぼ一日中装着/装具療法
 医学的な根拠のある治療法は装具療法と手術です。骨が成熟する前の時点(大体14~15歳以下)で、側弯の度合いを示すコブ角が25度~45度の中等度の側弯症の場合、症状の進行防止のために装具療法による治療を開始します。
 装具の装着時間が長いほど効果があるので、入浴や運動時を除いて、ほぼ一日中装着することが推奨されます。すでに身長の伸びが止まっている方は経過観察とする場合があります。
 装具には大きく分けて胸椎・腰椎の変形を治療する装具(TLSO装具)と、頸椎・胸椎・腰椎を治療する装具(CTLSO装具)があります。現在、多くの方が治療に使用しているのがTLSO装具で、より頭側に近い位置で大きなカーブがある場合、まれにCTLSO装具を使用することがあります。
 装具療法の開始後は3~4カ月に一度、カーブの進行状況を確認するためにレントゲン撮影を行います。身長の伸びがほぼ止まって骨が成熟し、側弯の進行がないことが確認できたら徐々に装着の時間を減らしていき、装具療法を終了します。
 人によって成長のスピードが異なりますから、治療期間にも個人差が生じます。多くの場合、思春期の初めごろに発見されて、その時点から治療を開始するとして、平均的に見て少なくとも2~3年は装着を続けることになります。

治療法

コブ角が45度以上の場合、手術による治療を検討/側弯症矯正手術
 コブ角が45度以上の場合、あるいは、それ以下でも、さらに進行しそうな場合、手術による治療を検討します。
 術式には前方法と後方法があります。最近では技術とスクリューの進歩で矯正力がアップしたため、背中からアプローチする後方法の適用が多くを占めています。金属製のスクリューを各椎骨に2本打ち、それをロッドという金属製の棒で繋いで矯正します。
 金属で矯正した後、骨移植という作業を行います。患者自身の骨を少し削り、それを設置した金属の周りに移植します。すると半年ぐらいで、移植した骨がくっついて金属を取り囲み、一つの骨となります。こうなると設置した金属は、ある意味で不要になりますが、基本的には後から取り外すことは行いません。
 高齢者の側弯症手術は社会の高齢者化を背景に増加しており、良好な側弯の矯正が得られるようになっていますが、さまざまな合併症を生じる可能性があります。特に問題となるのが骨粗鬆症に関連した側弯症です。骨がもろくなっており、金属が抜けたり、矯正した背骨の上下に骨折を生じたりするリスクがあります。
 これを予防するため、まず手術の数カ月前から副甲状腺ホルモンを投与し、骨が手術に耐えられる状態にします。手術を行った後、プラスチック製のコルセットをしばらく装着したうえで、骨粗鬆症の治療のために副甲状腺ホルモンの投与を2年ほど続けます。


監修

慶應義塾大学医学部 整形外科教室 教授 慶應義塾大学病院 病院長
松本 守雄(まつもと・もりお)

1986年慶應義塾大学医学部卒業。2015年同大学医学部教授。2019年から2021年まで整形外科学会理事長を務める。2021年9月慶應義塾大学病院長に就任。

※『名医のいる病院 整形外科編 2024』(2023年10月7日発行)から転載

書籍情報