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一刻を争う生命に直接関わる重大な疾患 大動脈瘤・大動脈解離

大動脈瘤破裂や急性大動脈解離からなる「大動脈緊急症」は生命に関わる重大な疾患で、緊急の外科治療が必要となります。外科治療には手術とカテーテルを用いたステントグラフト内挿術があり、患者の状態に合わせた選択が重要です。


疾患の特徴

激しい痛みが生じ治療は緊急を要する

 大動脈は全身のさまざまな臓器に血液を送る役割を持つ、体内で最も太い血管です。大動脈瘤は、大動脈の一部が瘤のように膨らむ疾患で、動脈硬化などで血管の壁が弱くなった箇所に発生します。正常な大動脈は直径2〜3㌢ほどですが、倍以上に膨れることがあり、破裂すると大出血を起こし、死亡の原因となります。
 大動脈解離は、大動脈壁(内膜、中膜、外膜の3層で構成)の中に血液が流れ込み、中膜の層で縦方向に裂けて偽腔という空間ができることで発症します。
 大動脈瘤はほとんどの場合、自覚症状なく徐々に(年間数㎜ずつ)拡大し、破裂して初めて胸背部や腰腹部に激痛を感じショックや心肺停止に陥ります。瘤の拡大による左反回神経麻痺からくる声がれや、まれに気管、食道などの周辺器官の圧迫による呼吸困難、嚥下障害などの症状が見られます。
 急性大動脈解離でも、発症段階から胸背部の激痛を生じます。拡大していない大動脈でも、突如解離を発症することがあります。解離の進行に伴い、痛みが移動性であるのも特徴です。
 大動脈瘤も大動脈解離も50代以降に発症が増え、発症には動脈硬化や高血圧、高脂血症、喫煙などが関係するとされています。予防・早期発見には、血圧に留意し、過激な運動は控え、健康診断などの際にはレントゲン検査、CT、心・腹部エコーなどの検査を受けるとよいでしょう。

主な治療法

症状や状態を見極めて適応する外科治療法を選択

 大動脈瘤が胸部55〜60mm以上、腹部50〜55mm以上となった場合、破裂の可能性が高くなり、生命に危険が及ぶ前に外科治療が必要となります。
 大動脈瘤、大動脈解離の外科治療には、手術(人工血管置換術)とステントグラフト内挿術があります。前者では開胸・開腹して瘤や解離を起こした部分を人工血管に置換します。一方後者では、足の付け根の動脈から挿入したカテーテルを通じて、ステント(柔軟で拡張性のある金属)がついた人工血管(グラフト)を大動脈瘤の部位に留置し、瘤内や偽腔内への血流を遮断します。近年では、この両方を組み合わせるハイブリット治療も盛んに行われています。
 カテーテル治療であるステントグラフト内挿術では大動脈自体を切除はせず、ステントグラフトを足の付け根の動脈より挿入し、大動脈および瘤を裏打ちするように圧着する体に負担の少ない治療です。手術もステントグラフト内挿術もそれぞれ長所・短所がありますので、患者さんの状態や大動脈瘤の場所・形態によって適切な治療法を選択します。
 大動脈解離の外科治療は、解離している部位や病状で大きく異なります。上行大動脈に解離があれば(スタンフォード分類A型)、開胸して手術を行うことがほとんどです。胸骨を縦に切開し、上行大動脈から弓部大動脈のすべて、もしくは一部を人工血管に置き換えるものです。緊急手術には外科医の技術や数はもちろん、麻酔科医、人工心肺を動かす臨床工学技士、看護師などの受け入れ体制が必要で、すべての病院で対応できるわけではありません。診断を受けた病院から他の病院へ搬送されることもあります。
 一方、上行大動脈に解離がなければ(B型)、外科治療ではなく、血圧を下げたり、痛みを和らげたりする内科治療が原則です。厳密な血圧コントロール下に約2週間かけて解離を起こした大動脈の安定化を図り、その後は慢性期のフォローに移行します。B型であっても、破裂や臓器への血流障害などがあれば緊急外科治療を行います。施行できる施設は限られてはいるものの、最近ではステントグラフト内挿術が一般的になってきています。


東京医科大学 心臓血管外科 主任教授
荻野 均(おぎの・ひとし)

1982年 広島大学卒業。1987~1991年 京都大学心臓血管外科、
1991~1992年 武田病院心臓血管外科、1992~1994年 英国ヘアフィールド病院心臓胸部外科、2000~2011年 国立循環器病研究センター心臓血管外科(血管外科部門)。

※『名医のいる病院2023』(2023年1月発行)から転載