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10月29日 公演プログラム @名曲喫茶カデンツァ

はじめに

 昨年、名曲喫茶カデンツァで公演をさせていただいた際には前半にショパン、ベートーヴェンのソナタを、後半はフランスの20世紀作品を中心に「水」にまつわるものを選んで演奏しました。あれから早1年。大学院に進学し、音楽学からソルフェージュ研究へと活動の場を変え、毎日が新たな発見の連続です。今年の演奏会は20世紀前半のフランスとウィーンで作曲された作品を選んでいます。
 前半は2つの「組曲」。ラヴェルによる独創的な美しい組曲と、シェーンベルクによる前衛的な組曲を対照的に並べます。後半は風変わりな「ソナタ」と古典を思わせる「ソナチネ」に続き、ラストの《夜のガスパール》。難曲の多いプログラムですが、簡単に内容を紐解きながらお聴きいただければと思います。
※ 当初の発表より曲目を変更いたしました。

新古典主義と組曲

 第一次世界大戦後、西欧の音楽界では19世紀に流行した主観的で過大な表現を特徴とする音楽への反発から、約200年前の単純明快な様式が注目されるようになった。過去の時代の様式を捉え直し、(当時でいう)現代の語法と融和させる作品はしばしば「組曲」の体裁がとられる。
 組曲はバロック時代(17-18世紀前半)に形式が確立され最盛期を迎えた、前奏曲や舞曲から構成される短い曲の集まりだ。例えばバッハが作曲した数々の組曲は傑作ぞろいで、《G線上のアリア》としても知られるあの名曲も、組曲に含まれる一曲である。前半ではそんな組曲のWWI後の姿を照らしていく。


ラヴェル:クープランの墓

 モーリス・ラヴェル(1875-1937)はフランスの作曲家。一般的には《ボレロ》や《展覧会の絵》のオーケストラ編曲で有名だ。ピアノ曲も数多く作曲している。
 題名の「クープラン」はバロック時代のフランスを代表する作曲家であり、和訳で「墓」とされるのは "tombeau" というフランス語だ。ここではクープランをたたえて、といったニュアンスが適切だろう。
 1918年に作曲されたこの作品は6曲で構成され、それぞれが第一次世界大戦で戦死した友人たちに捧げられている。曲の多くはバロック時代に代表される曲種だ。今回はその中から、前奏曲と舞曲を取り出して演奏する(ラヴェル自身が編曲した管弦楽版と同じ曲順に並べた)。

プレリュード:16分音符の流れるような音型が絶えず続く。
フォルラーヌ:神秘的な和音が変わるがわる現れる。3拍子の舞曲。
メヌエット:定番の3拍子。組曲の中でも特に美しい曲で、静かな楽章。
リゴドン:溌剌とした2拍子の舞曲。中間部では怪しげな雰囲気が漂う。

シェーンベルク:ピアノのための組曲 作品25

 アルノルト・シェーンベルク(1874-1951)はオーストリアの作曲家。無調の音楽を開拓し、画家のカンディンスキーと親交を深めたことでも知られている。
 1921-23年に作曲されたこの組曲は「十二音技法」が使われる。
1オクターブは12の半音(ド、ド♯、レ……ラ、ラ♯、シ)から構成されるが、これを1回ずつ不規則に用いて12個の音からなる1組の音列(Série セリー)を作る。この音列をさまざまに変形させながら曲を発展させ、短い曲が出来上がる。
 極めて前衛的なこの技法を使ってシェーンベルクは組曲を作曲した。前奏曲と4つの舞曲、1つの間奏曲から構成されるが、どれも基本の音列は同じだ。流麗で美しい旋律はほぼないが、音一つひとつが躍動する姿はむしろチャーミングでもある。

プレリュード (8分の6拍子)
 12の音列が明確に示される。テンポの変化が多彩である。
ガヴォット - ミュゼット - ガヴォット (2分の2拍子)
 溌剌とした跳躍の多い曲。ミュゼットはG(ソ)の音が低音で聞こえ続ける。
インテルメッツォ (4分の3拍子)
 最も遅いテンポの内省的な曲。3連符と8分音符の交錯が面白い。
メヌエット - トリオ- メヌエット (4分の3拍子)
 前曲の陰鬱さを受け継ぎながら、舞曲の性格を取り戻す。
ジーグ (拍子の変化が激しい)
 非常に速いテンポで目まぐるしく音が飛び交う。フォルティッシモで幕。

20世紀のソナタ

 ソナタといえばモーツァルトやベートーヴェンのイメージが強いかもしれない。多くが3〜4楽章で構成され、「ソナタ形式」とよばれる音楽の構造が最初や最後の楽章にしばしば用いられた。この形式は、古典派の作曲家以降に多くみられる。主に2つの対照的な主題が並べられ(提示部)、それらが展開し(展開部)、冒頭と似た形で再現される(再現部)。時代とともにこの形式のあり方が多様化し、20世紀を迎えて新たな発展を遂げた。
 演奏会の後半に演奏するベルクのソナタは一つの楽章で構成され主題の発展の方法も自由度が増しており、高濃度な音楽が繰り広げられる。一方で、ラヴェルのソナチネは彼自身の語法を存分に発揮しつつ古典的な形式に依っている。

ベルク:ピアノ・ソナタ  ロ短調 作品 1

 アルバン・ベルク(1885-1935)はシェーンベルクの弟子。
 このソナタは1908年に書かれた。初めて公に発表した作品であり、唯一出版された彼のピアノ曲でもある。20代前半の作品だが、大作曲家の晩年の作品と言われても違和感のないほど濃密で充実したソナタだ。
 前述のとおり「ソナタ」というと普通は3〜4楽章で構成されるが、この作品は演奏時間わずか10数分、単一楽章の作品である。後続の楽章を書こうとしたベルクだったが、師匠シェーンベルクがこの「第1楽章」だけで十分だと助言した経緯があるという。
 作品はソナタ形式で書かれている。2つの中心的な主題を軸にたくさんの細かな旋律が散りばめられ、複数の声部が弦楽合奏のように絡みあう。ロ短調という調性こそあるが、それを感じられるのは断片的だ。調の変化がすさまじく、無調とも言える場面も現れる。曲の盛り上がる地点は明らかに黄金比(1:約1.6)が意識され、全体の構造を見ても美しく計算された作品である。

ラヴェル:ソナチネ

 ラヴェルが3楽章からなる明らかな古典の様式で作曲した作品は、この《ソナチネ》くらいだ。1903年頃に作曲されたこの作品だが、ソナタの構成に似た3曲からなる作品集《夜のガスパール》が書かれるのは5年後のことである。
 《ソナチネ》は作曲コンクールのために書いた曲であり、その規定のために、演奏時間はあまり長くない。第1楽章では教会旋法を感じさせるメロディや連続5度の多用されるバスが印象的。第2楽章では一変して穏やかになり、非和声音の秀逸さが光る。第3楽章は勢いのあるパッセージに始まり、熱を常に持ちながら最後まで駆け抜ける。

ラヴェル:夜のガスパール

 《夜のガスパール》はベルクの《ソナタ》と同じ1908年に作曲された。
 フランスの詩人ルイ・ベルトランの同名の散文詩集から3篇〈水の精〉〈絞首台〉〈スカルボ〉を選び、その情景を組曲としてつぶさに描いた。
 それぞれの曲の形式を見ていくと、3楽章からなるソナタとして捉えることもできる(第1曲はもはやソナタ形式である)。ベルクで見たように、20世紀初頭にもなれば伝統的なソナタの構成は瓦解していったが、彼らの作品と同時期に作られた、物語とソナタの構成を組み合わせるラヴェルの作品は画期的とも言える。しかもベルクの作品と同じ年に完成されたのは運命的ではないだろうか。

〈水の精〉はヨーロッパで有名なおとぎ話。森の奥の湖に住み、魂を持たない水の精は、湖畔を歩く男に求愛して湖の国の王になるよう哀願する。しかし、それを断わられ、水の精は一滴のしずくとなって消えてしまう。
〈絞首台〉は戯曲『ファウスト』と関連のある詩。絞首台にかけられた人間の周りに虫が這っている。コオロギ、ハエ、カブトムシ、クモ。虫たちの動く音、風音、遠くで鳴る鐘など、かすかな音がグロテスクに描かれる。
〈スカルボ〉は妖怪の名前。部屋のあちこちを飛び回り、悪さをし、気づくとどこかへ消えている。妖しげな音楽で表現されておりダイナミックな場面もたびたび現れる。非常に技巧的なラヴェル作品の中でも有数の難曲だ。

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