過去に感じていた「モヤモヤ」という嫌悪感
いつも通りイオンへ向かって作業を開始しようと思っていた。3/11日の午前9時56分。震災からちょうど10年たち、過去を振り返る人がたくさんいる中、自分の人生を精一杯生きるのに精一杯な私は、今日も作業するか!とやる気に満ち溢れていた。
スタバの開店はちょうど10時。あと4分ある。
何しようかな〜と、ふとぶらぶら歩いていた私の頭の中に、ブワッと言葉が溢れてきた。何故だかわからなかった。だけど、私の中に入ってきたのは私がずっと感じていたモヤモヤに関しての「想い」だと思う。
この刹那の経験を経て、自分は過去へのしがらみが少し溶けたような気がした。それと同時に、この感覚は絶対に忘れてはいけないと思い、慌てて、スマホにメモを開始した。
これは、そのメモを一部編集して掲載したものだ。多少文章が雑になっているのは許してほしい。何しろ、頭が導くままにおよそ5分ほどでスマホに打ち込んだ文章なのだ。
そして、だからこそ、それをアウトプットという形で世の中にみてもらおうと思った。その方がありのままの自分の考え、価値観を受け止めてもらえるからだ。
この感覚を受け止めてもらえない人もいるかもしれないが、構わない。
感覚は人によって違うものであることは嫌というほど経験している。だから、あまり期待しすぎないで、戯言だと思って気楽に読んでいただきたい。
もちろん、考えていることはこれだけではないし、この文章だけで全てを語り尽くせたとは思っていない。適宜追記するか、別の記事を立てて解説したいと思っている。
この記事も落ち着いたら再編するので、みにくいと感じた人は「いいね!」だけ押して、編集後に再度見ていただきたい。
それでは、前置きが長くなったが、本編に入ろうと思う。
モヤモヤの正体・・・?
自分が過去に嫌だと思っていたことを言語化するとしたら「理不尽によって自分の意志が不当に奪われること」だ。特に、健康面や将来の行動など、取り返しのつかないことになる可能性があるものについて。(もちろん今も嫌いではあるのだけど、以前よりは心が落ち着いてきたので、ある程度は寛容に受け止められるようになった。)
例えば、飲み会を部活の伝統だからといって強制させられるのは嫌だ。協調性を持てという意見があるかもしれないが、私は協調性を守るよりも、お酒を飲まないで健康を保つ方がいい。ましてや、大学の部活であるような一気のみの連続や、謎のノリやコールによる飲み大会である。
また例えば、女子の前でやらされる下ネタ。私は女の子が好きなので、どうせなら女の子に楽しんでもらいたいし、自分から自分の評価を下げるようにしたいとは思わない。そんななかで、多くの女子が嫌悪感を覚えるであろう下ネタを、協調性やノリ、雰囲気という見えないもので縛って大勢の前で披露させようというのは本当に反吐が出る。
7つの習慣から学ぶ、取引の停止
ところで、7つの習慣の1つに「win-winまたはno-deal」という概念がある。これは、簡単にいうと、自分と相手、双方かwinを感じる取引をするべきで、それがどうやっても実現できないのであれば、スパッと関係を諦めるべきだ、という意味の教えだ。先程のべたような理不尽と自分の自由意思との葛藤はまさにこの状況に当てはまるのではないかと思うのだ。
であれば、本来自由意思は尊重されるべきで、理不尽により脅かされるのであれば取引は停止。飲み会であれば「行かない」という選択をするべきなのだ。しかし、現実ではこれを我慢する人が多い。なにを隠そう、自分もそのうちのひとりだった。自分は我慢し続けた結果、鬱寸前までメンタルを病ませてしまった。とはいえ、そのお陰で我慢の不要さにきづき、取引を停止させることができたのだ。
最優先はあなたのメンタルを守ること
今、理不尽と自分の自由意思との葛藤で苦しんでいる人は、すぐにその取引を停止する方法を模索しよう。会社や部活が苦しければやめたっていい。嫌いな人がいれば話さなくていい。会社をやめてしまったら将来が不安だって?断言しよう。我慢をして鬱になり、メンタルを病む結果になった方が、よっぽど後悔する。
それほど、メンタルの回復には時間がかかるのだ。これは個人の経験から見ても明らかだし、医療的にも鬱の寛解の難しさは立証されている。この記事を読んで、一人でも多くの人が理不尽から逃げて自分らしい人生を送り始めることを祈ってやまない。
皆さんのお気持ちを、こっそり置いていっていただければ。小さな幸せ、これからも皆さんに与えます。