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ジュマペール・ジェームス②〜里親さんが亡くなった

僕のお家は京都市内嵐山。毎日、お母さんと一緒に桂川のほとりを楽しくお散歩していました。
ところが僕が3歳の時、お母さんの病気が再発。半年後、ちょうど僕が4歳になって間もなくお母さんはお星様になりました。僕はお葬式の日、お経をあげるお坊さんの後ろで家族と一緒に座布団に座り、お母さんにサヨナラしました。遺言は、「ジェームスを大事にしてね。」だったそうです。

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それからの僕。お母さんに代わって、お仕事に出かける前の早朝、お父さんがお散歩に連れて行ってくれるようになりました。お仕事に出かける家族を見送ると、僕は一日中ひとりぼっち、お家の中でお留守番です。夕方、お父さんが帰ってくるまで

おしっこを我慢してずっと独り寂しく待っていました。

来る日も来る日も、僕は一人ぼっちでお留守番。

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来る日も来る日も・・・・。

ずっとずっと一人ぼっち・・・・。

お母さんが亡くなって一年後、お姉ちゃんがお嫁さんになってお家から出て行きました。お父さんとお兄ちゃんと僕の男三人の生活が始まりました。

「さびしいなんて言わないよ。だって僕は男の子だからね。 」

だけど・・・・。


サポートいただいたお金は全額動物愛護センターへ寄付します。保護犬ジェームス君。孤独で寂しい幼少期を過ごし、後にラジオDJを始めて人気者に。義援金活動を続けていたある日、脳梗塞に倒れ、リハビリのお陰で復活しましたが、やがて寝たきり生活に。ジェームスカレンダーの売上金全額寄付継続中。