桔梗信玄餅「極」に込められた想い
2021年12月24日に、桔梗屋から入れ物も食べられる桔梗信玄餅「極」が発売されました。3店舗での限定発売、予約はできず、1人3個入り1箱しか買えないという状態であったため、しばらくは県内でも幻のお菓子となっていたそうです。私は、新宿7時発のあずさ1号に乗り込み、甲府に足を運ぶこと2回、本館で無事に購入することができ、「極」を味わうことができましたが、どんな思いでこの商品を作ったのか、また意外なことにSDGsであるとかサステナビリティという表現がされていないのは何故なのかがとても気になりました。そこで、甲府の知人を介して、桔梗屋の中丸純社長を紹介いただき、甲府にある本社にお伺いし、桔梗信玄餅「極」について、お話をお聴きしてきました。(取材日は2022年1月24日)
中丸社長の修行時代
中丸社長は大学卒業後に、福岡の「石村萬盛堂」という洋菓子や生菓子のアウトレットをやっていたお店の工場で修行を積んでいます。お菓子のアウトレットというのは、当時かなり珍しく、桔梗屋の中丸眞治相談役(当時の社長)が見てみたいということだったので、「それであれば自分が入ってしまうのがいいのでは」ということで3年、洋菓子作りに携わったそうです。
その後も業界誌である「製菓製パン」で見つけた東京の個人経営店やフランスなどでも修行を積まれた後に桔梗屋の社長に就任されています。
53年前のお客さまの声
桔梗信玄餅といえば、パッケージが風呂敷状になっていて、結び目がついており、解いて広げるまでも1つの楽しみと思っていましたが、発売当時は、簡単に食べられる和菓子が主流で、そんな面倒くさいものが売れるはずがないという評価だったそうです。しかし、その面倒臭さが良くて売れたのではないかという説があるほどのヒット商品になったのは皆さんもご存じの通りです。
桔梗信玄餅「極」は、53年前の「食べられる容器にしてもらえないか」というお客さまの要望を商品化したものですが、おそらくこのお客さまも、食べる前に解いたり、蓋を開けたりするのが面倒くさかったのではないかと思います。
50年越しの開発のきっかけと取り組み
お客さまの要望が上がってから50数年後に商品開発に着手することになったわけですが、当時、お客さまの要望を受け取った中丸眞治相談役の中ではこの件が引っかかっていて、いつかは必ず実現したいという想いがあったことが開発のきっかけとなったそうです。
開発が始まったのはちょうど1年前くらい。開発プロセスで強度や湿気が問題となり、その点を実現することが重要だったので、最中として味も楽しんでいただくことは一旦脇に置いて、食べられる容器として成り立たせることを優先して開発が行われていきました。
”SDGs”と打ち出さない理由
最初に、桔梗屋のWebサイトで「極」を調べた際、SDGsであるとかサステナビリティという記載がなかったのがかなり気になりました。
中丸社長にその辺りのことをお聞きしたところ、「SDGsの取り組みということを宣言すると、どうしても完璧なものが求められるし、会社としても完璧な状態を目指さないといけなくなる。それではなかなか世の中に出せなくなってしまう」という答えが返ってきました。
例えば、桔梗信玄餅「極」の蜜が入っている容器はプラスティックのままです。また、商品を包んでいる風呂敷風のパッケージは従来品とは若干異なりますがビニール製です。こうした部分は、現時点の技術や検討の中では、これ以上のサステナビリティを追求すると、お客さまに提供できるコストをはるかに超えて倍以上の値段になってしまうのだそうです。完璧を目指して進めないのではなく、できることからでも取り組んでみたというのが、桔梗信玄餅「極」なのです。
私の古巣である株式会社メンバーズが定期的に行なっている「気候変動と企業コミュニケーションに関する 生活者意識調査 (CSVサーベイ2021年10月)」によると、「約7割の生活者が、価格が1割程度割高・同等であれば気候変動配慮商品を選ぶと回答」しています。価格が1割以上アップすると、いくら環境に配慮した商品であっても購入しないというのが現在の日本の消費者の意識だということを考えると、これは致し方ない判断なのだと感じます。ちなみに、従来の桔梗信玄餅の単価は181.5円、これに対して「極」の単価は233.3円で、約28.5%アップ。容器が食べられるようになって容量が増えていることを換算してぎりぎり消費者に提供できる価格かなというイメージです。
コストをかけて完璧な商品を開発すればできないことはないが、商品の価格が上がり過ぎてしまっては商流に乗りません。まずは買ってもらえる範囲に収まるコストで開発し、通常の商品と併行して少しずつ売っていく。完全に入れ替えるのではなくて、お客さまの選択肢を増やし、本当に売れるようであれば、入れ替えていけばいいというのが中丸社長の考え方でした。
アウトレットや廃棄物抑制への取り組み
桔梗屋は2003年から「工場アウトレット 社員特価販売1/2」を展開しています。中丸社長が大学卒業後に福岡の「石村萬盛堂」で修行をしたことは実はここにつながっているのです。食品会社は廃棄物を減らすことが重要。環境にも良いし、経営にとってもメリットは大きいものがあります。桔梗屋では、捨てるくらいならお客様に楽しんでいただこうという発想があり、隣で普通の商品を売っているにも関わらず、賞味期限が短い商品を安く売り、詰め放題などの企画も行っています。始めた当時は、「そんなことをしたら格が落ちるのでは?」と心配されたそうですが、今や世間から注目される取り組みとなっています。最近になってようやく時代が追いついてきたと言えるのかもしれません。
また、桔梗屋では生ゴミを肥料にして畑で使い、収穫した野菜などをレストランで提供する循環型の仕組みも以前から導入しており、国内でSDGsの認知度が高まるより遥か前からサステナビリティへの取り組みをおこなってきているため、中丸社長は「このタイミングで、SDGsに取り組んでいると改めて宣言するのではなく、以前からの取り組みが徐々に広がっていけば良い」と考えているのです。
「極」という商品名に込めた想い
「極」のという商品名には「極めた」ということではなくて、「今後極めて行こうと」いう想いが込められているそうです。桔梗信玄餅はこれからも進化させ続けていくという意志を感じます。今後の展開については、まずは増産体制を作り、多くのお客様の手に渡るようにしたいとのことでした。中丸社長は1人でも多くのお客さまに食べてもらいたいという一心で、自分自身では1つしか食べたことがないそうです。元々、桔梗屋の商品は地域性を重んじており、武田信玄が行軍したエリアまでの限定販売なのですが、コロナ禍の観光客数減の状況を鑑み、全国のスーパーでの期間限定販売もしたそうです。もしかすると「極」が皆さんの街でも販売される日が来るかもしれませんね。
お客さまと共に
中丸社長とお話していて、一貫して感じたことは「お客さまと共に」でした。SDGsのような取り組みは、売り手である企業側と買い手であるお客さま側とでかなりの温度差が生じるものです。企業側が環境への配慮をどんどん押し進めても、お客さまの気持ちやニーズがすぐに追いつくわけではありません。桔梗屋はそういう状況の中でお客さまを置き去りにせず、まずは選択肢を増やすことで「お客さまと共に」進もうとしているのだと感じました。
最後に
最後に、桔梗信玄餅「極」のお勧めの食べ方を中丸社長にお聞きしたのですが、「それはお客さま自身で楽しんでほしい」ということで教えていただけませんでした。私自身、1回目は、普通の桔梗信玄餅のようにお餅を食べ、箱や蓋の最中の部分は最後に食べてみましたが、ちょっと最中が味気ない感じがしたので、2回目は、最初にお餅を1つ食べ、箱の中に蜜を注入し、蓋をして餅入り最中のようにして食してみましたがちょっと大き過ぎて食べづらいのと蜜がこぼれる事故に見舞われました(笑)。さて、皆さんは、どんな風に食べてみたいでしょうか?