見出し画像

週末旅をお勧め(53+α回):宮古島から日帰りで多良間島を回る旅

今回の投稿は宮古島旅行の目的の一つの多良間島です。宮古島には前に2回旅行しています。JALの定期便がある空港に全部行くという目的と宮古島近くの離島で行ってみたい多良間島に行くことにしました

【1】今回の旅の目的

JALグループの定期便の飛んでいる空港に全部行く目的で多良間空港に行くことと、あまり旅行者のいない多良間島のビーチを見て回ることです

【2】多良間島への旅の計画(移動・宿)

多良間島への往復フライトで多良間空港に行くのが目的の一つですが1日に2往復しているので朝の便で行って夕方の便で戻ると観光ができます。
移動:宮古⇔多良間の航空券は特便割引きで予約
  :多良間のレンタカーは直接予約
宿泊:日帰りなので利用しない

【3】おおよそのルート

2日目:平良→宮古空港(09:25)→RAC891→(09:50)多良間空港→島の観光→
     →多良間空港(16:40)→RAC898→(17:05)宮古空港→平良(泊)
※多良間島観光は宮古旅行の2日目です

【4】多良間旅行の写真レポート

(1)2日目の行程

多良間島へはフェリーだと2時間で日帰りの場合は現地滞在が2時間だけですが、1日に2往復の琉球エアーコミュータを利用すると7時間の滞在ができるのであらかじめ宮古島旅行の2日目に往復の飛行機と多良間島のレンタカーを予約しておいた。前日は低気圧の接近による多良間島の視界不良で欠航になっていました。予約していたこの日は機材トラブルで1時間遅れです。搭乗する機材は、那覇→石垣→宮古→多良間→宮古という順番に運用されるのですが、機体の整備の都合で前日に那覇→石垣は欠航となっていて、整備された後に那覇→宮古に回送されたようです。那覇⇔石垣は沢山の便がありますが、多良間は1日に二往復なのでこちらを優先してくれたようです。でも多良間島は視界不良で引き返すこともあるという条件付きの運行です

多良間島へはプロペラ機のDHC-8-400CCで歩いての搭乗になります

滑走路の04からの離陸です。滑走路に入るタイミングの撮影です

宮古空港を離陸する時の動画を撮影しました

離陸して上昇し右ターンするときに撮影した宮古島の市街地の写真です

離陸してから右ターンを終了し宮古島を出る時に西浜崎と本島に囲まれた与那覇湾が見えてきました

伊良部大橋と伊良部島が見えてきました。あとは海の上をまっすぐ多良間島に向かいます

多良間島までは短いフライトなので高度も比較的低い所を飛んでいきます

海上を飛んできて多良間島が少し見えてきました

いちど南の方に回って右ターンをし滑走路に正対します。そして滑走路に近づいたときに多良間島が見えてきました

多良間島の陸地に入る直前で撮影したもので多良間島の南の海岸が見えています。港は多良間漁港です

多良間島の綺麗な浜辺が見えてきました。浜辺に出る道(=トゥブリ)が見えています

多良間空港に着陸して減速中です。ちょうどターミナルの横を通過しているところです

多良間空港に着陸する時の動画を撮影しました

着陸して降機しターミナルまでは歩いての移動で、その時にターミナルビルを撮影しました

乗って来た琉球エアーコミューターのDHC-8-400CCを撮影しました。

空港でレンタカーを借りて観光に出発です。「宮古島まもる君」はひとつだけ多良間島にもあり空港の出口にあるので撮影をしました

多良間島は丸い島で海岸線にたくさんのビーチがあります。ここは「アガリ゜アカダン・トゥブリ」で『トゥブリ』とは「海への出入り口」という意味の島言葉です。その前が場所を示しますが島言葉は独特の発音があり『リ゜』が付いているなど表記も独特です。その出入り口から撮影した浜辺です

それぞれのトゥブリの入口にはこのようなポールが立っています

多くのトゥブリがあるのは、それぞれの浜辺が小さい所が多いからです。ここも階段をおりてすぐの左側はこんな感じです

「ウプドゥ・トゥブリ」への道は草が生えていてその間から海が見えています。空がもっと晴れて青ければ良かったのですが

浜辺に出ると左右は岩場が海まで出ています。左側の岩場は波により削られてノッチ状になっています

ゴミが多く漂着しています。多いのはペットボトルですがヤシの実も流れ着いていましたが、どこから流れてきたのでしょうか?『椰子の実』という童謡の歌詞に「名も知らぬ 遠き島より 流れ寄る 椰子の実一つ・・・」の様に名前は知らないほうがいいですね

鎮魂の碑というのがありました。詳しい説明がありませんでしたので、詳細は不明ですが先の戦争による犠牲者の魂を鎮めるものなのでしょうか

フタツガー遺跡は多良間島の西海岸にある遺跡で自然洞窟の中に湧水があり1488年~1505年まで集落があったそうです

自然洞窟と湧水があるそうですが、かなり草が生い茂っていて入るのはやめました

「ススゥキバマ・トゥブリ」は浜辺の近くまで車で入れますが1台+αの幅しかありません

ここの浜辺も左右は岩で遮られていました

空港の西側の道路から撮影した空港です。乗って来た機体が見えます

多良間空港を離陸して宮古空港に折り返していく琉球エアーコミューターの機材です

「タカタ・トゥブリ」は比較的広い浜辺がありました。この辺りはコチドリ類の繁殖地になっているそうです。右側の岩場に白い鳥がいました。ズームして撮影しましたが種類までは判別できませんでした

奥の方には白波が立っていますが手前は浅瀬で浜辺までは波がほとんど来ません。泳ぐには良さそうな浜辺です

「アウル・トゥブリ」は島一周道路から海岸線に少し入った後に海岸線に並行して長い道が続いています。その道沿いに幾つかの浜辺があり、その最初の浜辺がここで非常にコンパクトです

次の浜辺もコンパクトで左右の岩がいい感じの風景を作っています

三つ目の浜辺は幅が広い所でした。天気がもっと良くて雲が無ければいい景色なのですが。黒く見えているのは小笠原の近くの噴火の軽石です

「アウル・トゥブリ」は幅が広い浜辺です。やはり白波は遠くまでで浜辺付近は浅瀬ですね

「ウプドゥマリ゜・トゥブリ」は外周道路から浜辺までは少し距離があるようで、道路からの撮影しました

沖縄ではヤギさんが飼われていることが多いですが多良間島でも沢山見かけます。子ヤギの耳がピンク色でとっても可愛いですが、近くに親がいるので近づけません

島一周道路を走ってきてトゥブリを見てきましたが集落に近いところにきて少し内陸に入り八重山遠見台に来ました。遠見台の所は公園になっています。駐車場からはこの階段を登って行きます

階段を登っていくと遠見台がありました。琉球石灰岩の石を積み上げたものです

遠見台の所は多良間島でいちばん標高の高い場所です。そこには更に高い位置から景色を楽しめるように展望台が設けられています。この写真はそこからの眺めで右側の鉄塔は多良間島の目印になるもので、島のどこからでも見えるので方角の目印になります

多良間島は東西6kmで南北4.3kmの楕円形の島で隆起サンゴの平らな島なので、この遠見台が最高地点で標高34.2mです。そこには更に高い展望台が立っていて、そこからは島の全体が見通せます。この画像はその展望台から島の全周を撮影しパノラマ画像にしました

展望台から遠見台の石積みを俯瞰撮影しました。昔の石積みはもっと高かったのか周りの木々が育ってしまったのか遠見台からは周りが見えなくなってしまいましたね

遠見台の近くに紫と緑の草が生えていました。調べるとムラサキオモトと出てきましたが正しいのでしょうか?

再び島一周道路に戻って海岸線を進みます。
「ナガシャギ・トゥブリ」はかなり幅が広い所でした。海の色は透き通っていてかなり綺麗です。白波は少し先までなので、そこから浜辺までは浅瀬になっていて泳いだりシュノーケリングをするには最適な所の様です

「ウェーンマ」は首里などから派遣された役人の現地妻です。その役人が帰任するときなどは「多良間ションカニ」という歌で別れをしたという事で、『ウェーンマ別離の像』と『多良間ションカニも歌碑』があります

これがウェーンマ別離の像で、現地妻とその子どもが船で離れていく役人を見送っている像です。現地妻という話は奄美大島でも聞いた事があり、西郷隆盛が奄美に流された時の現地妻が愛加那で水を汲んだ井戸に行ったことがあります

多良間島には断層があり大きな地震があったとの事でこの木々の生えているまっすぐなラインが断層の端っこの様です

「パイミッジ・トゥブリ」は製糖工場の向かいにポールがあり浜辺に出られるようですが、道は草に覆われていて出られそうもありませんでした

三ツ瀬公園は島の東側にある海岸線の公園です。かなり幅の広いビーチに面していて海岸線には岩が沢山あります

岩も海岸線から海の先まで伸びているものではなく、浜辺に散在する感じです。それぞれの岩は緑の草が生えています

海岸は遠浅のビーチで水の量が少ないので干潮なのかも知れません

大きなノッチの岩が沢山あり、岩の影は日影になっているので夏は良さそうですね

普天間御嶽は島の東南に位置する御嶽で、琉球蓮や葉桐やテリハボクの森の中にあります

御嶽の横にある神木のように立派な木がありました

飛行機・空港マニアでもあり多良間に来たのもその趣味の一つですが多良間空港は新しく作られたもので旧の空港もあります。2003年まで使われていた旧多良間空港は滑走路の長さが800mで大型機が離着陸できず新しい空港に移転した後に太陽光発電所になっています

この建物が旧多良間空港の建物のようで、一般的なエリアからの撮影です

こちらが内側の制限エリアからの撮影です。屋根の上の四角い看板が5個あり、多良間空港と1文字づつ書かれていたのでしょう

空港の建物だと確定したのはこの看板です。「空港においては・・・」と制限エリアを示すような安全告知が書かれていました

「宮古市の森」は島の南側にある場所で、多くの植物を見る事が出来る場所です。この近くには報恩の碑などがあります

報恩の碑は安政5年に岩手県の宮古市の商船が宮古を出帆し江戸に着いた後に浦賀を出航したが南西の大風に流され75日間漂流した後にこの多良間島(宮古市多良間村というのは偶然?)に漂着したそうです。この事が岩手県の宮古のお寺の古文書でわかり、昭和になってお礼のために報恩の碑が建立されたとの事です

岩手の宮古の商船が上陸した地に行く途中です

ここを抜けた先が浜辺になっていて宮古の商船がついて上陸した場所です

「ナカシャラ・トゥブリ」は海岸線の近くまで車で入れ、浜辺には岩の間を降りていくことになります

「マガリ゜・トゥブリ」もも車で入れるようになっていますが、その先が急に岩場になっているので車止めの代わりに岩が三っつ置かれています

浜辺はかなり広くいい感じの浜辺です。雲が切れて青空が広がり始めてきました

多良間島の抱護林です。島の集落は北側に集まっていて、その南から東には集落を守るように抱護林が1.5kmに渡って植えられています。樹木はフクギを中心としてテリボクなどが生えているそうです。集落の南側にあるのは、こちらには山などが無く風水から朱雀の役割を補完しているそうです

島にある理容室で名前が面白い事で有名です。『毛刈館』と書いて「もうかるかん」と呼びます

「すまむぬたらま」は島にある観光目的のお土産屋さんです。ここに食事が出来る場所があるとの情報で昼食場所に予定していましたが、やっていませんでした。お土産屋さんもやっていませんでした

多良間島には食事をする所が少ないです。中央スーパー近くのお店はやってなくスーパーにもそのまま食べられる物はありませんでした。島の方に聞くと「たねび」なら14時までやっているかも知れないというので、探して来てみました

なんとか間に合って食べられる事を確認し着席しました。建物の外観と違って内装はオシャレですね

メニューはこの多良間そばだけです。サイズは普通・大盛・特盛と3タイプあるようですが、大盛を頼みました

「多良間そば」はこれで太めの麺と出汁の効いたつゆがとても美味しかったです

多良間島で一番有名なフクギ並木で左右に植わっている木の間は塩川御嶽の参道になっています

フクギ並木の最後には鳥居があり、塩川御嶽の入口になります

鳥居をくぐった先には御嶽の建物がありました

御嶽の奥の方にもつながる道があります。左右は琉球瓦の古いものが置かれた道になっています

多良間神社は土原豊見親を祭る神社です。土原豊見親は15世紀末の人で島の3つの勢力を一つにまとめ今の集落の位置に統合した郷土開拓の先駆者です。神社は明治35年に社殿が落成したそうです

運城御嶽は300年前に創始されたと伝えられる御嶽で、鳥居の先にはフクギ並木の参道が続いています

参道はフクギの他にタブノキ・モクタチバナ・イヌマキ・デイゴ・アカギ・ヤブツバキ・琉球コクタンなどの樹木が生い茂った森を擁していて、多良間島の昔からの植生の御嶽植物群落です

御嶽の後ろも擁護森になっていました。このような植物の森が昔の多良間の森だったのですね

「さとうぬし」の墓という案内板がガジュマルの木の手前にありました。こんな所にスパムの空き缶があるのが情けないですね

案内板の先はこういう森の中の道を歩いていきます

ここがお墓です。和文学者劇作家の平敷屋朝敏は落書事件により処刑され、の長男の朝良と次男の朝助が多良間島に流されたそうです。その子孫は繁栄し、その一族のお墓がここです

宮古遠見は八重山遠見台と同様にいつ建造されたか不明とのことですが、この石段を登った先にあります

琉球石灰岩のを整形した石を積んであり高さは3.7mの遠見台です

遠見台の下の道路は昔からの港に行く道路で遠見台側には石積みの石垣があります

泊御嶽は海岸から50mくらいで宮古遠見の近くにある御嶽で土原豊見親が創設したと伝えられています

鳥居をくぐると参道があり、その奥に赤瓦の祠があります。周りにはフクギ・テリハボク・イヌマキなどが生い茂る盛になっています

「イビの拝所」はいつ、誰が建てたものか不明だそうですが、前泊港の前にあり航海の安全を祈願するために建てられた場所との事です

嶺間御嶽の前にある大きなアカギで沖縄県指定の「おきなわの名木」です。嶺間御嶽のご神木で推定樹齢は500年とも言われています

嶺間御嶽は多良間島を統一した土原豊見親春源が出現する前にいた、嶺間按司を祀っているそうです

御嶽の拝所は赤瓦の建物です

御嶽にお参りした後にあまりにも立派なアカギなので真下から見上げて撮影しました

「シュガーガー」でガーは井戸の意味です。島に渡来した古人が飲料水を求めて周辺に住みつくようになったそうで、このシュガーガーは自然洞窟の湧水で最も古くから使用されていたものだそうです

展望デッキからは草でほとんで見えません。左側に手すりのある道があり降りて行ってみます

自然洞窟の入口の写真です。右側の暗くなっている所から降りていきます

洞窟に入ってみると真っ暗です。前回の宮古島旅行でガーの所は真っ暗で見られないというのがわかっていたので、今回はLEDライトを持ってきていますので照らして撮影しました

このように洞窟の一番奥には水が浸みだし貯まっているところがありました

昔に南から大浪が来てブナジェーという兄妹はウィネーツヅという丘に登って難を逃れて、その後に島の再建をしたという伝説があり、そのブナジェー兄妹を祀っているところだそうです

多良間島にはウガンが2つあり、国の重要無形民族文化財に指定されている「八月踊り」が行われます。地区で塩川地区と土原地区にあり、ここは土原地区にあるウガンです

舞台の左に台があり祠が造られ土原豊見親とその祖父と天神を祭るという香炉が安置されている

この広場で八月踊りを行うようで奥には大きなアカギの木があります

建物の奥には道が続いていて小さな祠がありましたま

祠の左側から丘を登ると父母の碑がありました

そろそろ帰りの飛行機に乗るために空港に向かう時間になり、その道中にある「クナガシャキス」です。ここは浜辺の奥行きがありますね

引き潮の様で海も歩けそうです。沖には波により浸食されたノッチが見えています

「マーシュメー・トゥブリ」はかなり横に広い浜辺です。左はかなり岩が張り出しています。引き潮の今なら回り込んで行けそうです

「ハガシャギ・トゥブリ」です。浜辺には水はなく干潮時間帯だったようです。この時間なら岩を回り込んで隣の浜辺に行けそうですね

浜辺からまっすぐ先を撮影したもので、遠くに水納島の島影が見えます

農村にある公園という事で「農村公園」と言う名前がついていますが、ただの広場と駐車場があるだけの場所です。自販機も置かれていてトイレもあるので、その目的での利用でした

島一周の観光を終えて空港に戻ってきました。空港の入口には空港名が石に彫られていました

空港ターミナルビルを撮影したもので屋根は赤い琉球瓦で出来ています

展望デッキに出てエプロンと滑走路を撮影しました

帰りに乗っていく飛行機が宮古空港から着陸し、滑走路でUターンしてエプロンに移動しています

搭乗待合室での写真で、右側はセキュリティの所で左は搭乗口です。便名も時間もわからないですね。でも1日に2便だけなので、これでも問題ないでしょう。記録としては少し寂しいですが

定刻になり歩いて搭乗です。その時に搭乗機を撮影しました

搭乗して機内からターミナルビルを撮影したものです

離陸した所で島の西側の海岸線が見えて来ました

離陸後に右ターンをして宮古島方向に進んでいるところです。上昇も終えてこのくらいの高度でずっと飛行します

宮古空港への着陸態勢に入った所で伊良部大橋と伊良部島が見えています。ちょうど宮古島の陸地に到達した地点です

宮古空港のスポットで停止したところの写真です

多良間空港から宮古空港までは距離が短くフライトマイルも39マイルです。時刻表でも16:40⇒17:05と25分なので、多良間空港でプロペラ回転開始から宮古空港でのプロペラ停止までの動画を撮影しました

降機してからターミナルまでは歩いての移動です。振り返って乗って来た機材を撮影しました

宮古空港のターミナルに入る前に右を見るとJTAの737がプッシュバックされているところでした

旅行から帰ってGPSで記録したログを地図に落としたものはこれです★

【5】まとめ

・多良間島の航空便が機材トラブルで1時間遅れとなり滞在時間が1時間
 短くなったが、予定していたところは全部見られた
・シーズンオフは昼食場所などに困ることがあるので、早めの対応が必要
・泳いだりシュノーケリングに最適なビーチもたくさんあり、宮古島から
 日帰りでビーチに来るのもよさそうです
・レンタカーで観光する場合は宮古島から1日に2往復の飛行機を利用すれば
 充分に可能
・旅にかかった費用は宮古島旅行の投稿でまとめて報告しています

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?