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豊穣の国 二

 この国ではいろんな部屋も家もある。志野は普通のマンションを借りた。部屋自体が高齢者のために機能的で便利に出来ている。まだ介護を受けるほど弱くはないが、ここならいつでも介護が受けられる。
 三万坪ある豊饒の国全体が人に優しい。広く海に面した平原の国の中に、ブナ、欅、楡と名のついた森の公園が有り、それぞれをかすめながら小さな川が流れて希の池に注いでいる。豊饒の国の中心には、病院や機能訓練施設や入浴設備を揃えた建物が集中し、ケアセンターはどの住宅にも最短距離で行けるように国の真中にあった。施設群の近くには要介護老人ホームや介護付住宅等、移動時間が少なく出来るように。遠くなるにつれて介護の負担のより少ない人のための住宅群が点在している。
 施設は外部からも利用は出来た。他の町と違うところは、この国の中には車が走らない。施設の救助車である電気自動車以外は一切入れない。国の入り口の駐車場におく。テーマパークのようなものだ。テーマパークの中が、老人のための、専用ではなく優先施設になっている。高齢者優遇賃貸マンションや要介護保険施設。機能訓練施設。通常の老人向け住宅も多い。志野が入っている東山は五階建てのマンションであるし、私の北の井も同じようなマンションである。違うのは高級感くらいか。珍しいのは、農園があるのと、牧場があることだ。地域の人たちも出入りは自由だから、施設を利用する。ただ老人を優先しているくらいの住居環境が揃っていることが他と少し違う。建物は大きなものには個別の名前がある。潮騒館は、食料、衣料、雑貨を扱うスーパーと、銀行、郵便、レストラン、喫茶などの複合施設だ。豊饒会館は各種集会場、展示場、葬祭場の施設だ。住居施設はマンションから、グループホームや個別の住宅まで色々ある。東西南北それぞれ順番に、一番は井、二番は丹、三番は砂または山、四番は譽、五番は醐、六番は睦と決まっている。北の井といえば、北側の一番目の建物であり、東山は東の三番目、南砂は南の三番目という具合になっている。
 志野のマンションは、豊饒の国の東側東山で、ブナの広場に近く最高級のつくりをしていた。
 海岸から近い場所で、窓から海がみえた。森の公園を取り巻くように点在する建物。防風林の松林の手前には野外キャンプ場とロッジ、観光客用のホテルがある。西側には広大な農場がありさらにその隣には牧場があった。また道の脇に所々小屋が有り、いつでも雨風を避けて休めるようになっていた。小屋にはセンターに通じる非常電話があって、いつでも緊急を通報出来るようになっていた。国の中は働く老人が多かった。花を作る人。野菜を作る人。染色をする人。パッチワークの仲間もあったし、牧場に入り浸りの人もいた。囲碁将棋の出来る集会所やカラオケハウスもあった。志野が嬉しかったのは陶芸の工場があって、週三回先生が来て素人対象に教えてくれたことだった。初めて土をこねた楽しさ、絵つけと焼きあがりの感動、すっかり魅せられてしまった。ここにもボランテイアがいる。土を運んでくれたりこねるのを手伝ってくれたり、何より若い話をしてくれるのが一番の奉仕だ。陶芸工場だから何か作らなければならない、ということもない。ただベンチに座って眺めていてもいいし、話だけ参加してもいい。志野も最初はベンチから眺めていた。それがいつのまにか土をこねるようになっていた。農場でもレンタル菜園という制度があって、区画された土地を外部の人が借りて、土日ともなれば家族つれでやってくる。そういう人たちが、豊饒の国の農園を手伝ってくれるのだ。牧場も同じだ。人達は出来るだけのことはするが、全てしなければいけないのではない。自分の意志でしたいことをすればいい。そうして出来た産品は自分達で分け、時には売る。豊饒市や豊饒祭は外部との交流のため大きなイベントとして行なわれる。協力や支援をする学校の生徒達も先生に連れられて来ることもある。特に祭りは、演芸カラオケ大会やいろんな催し物があって壮大だ。老人のでしゃばりを最大限に歓迎するのが豊饒の国である。単なる介護施設ではなく、老人だけの村でもない。診療と介護の施設を中心にした安全で安心して自由に住めるエリアが豊饒の国なのだ。
 牧村は夏の豊饒祭へ向けた準備に忙しかった。夏の豊饒祭はこの辺りの一大イベントになっていて、この国に住む人のいろんな作品が展示される。陶器、手芸、絵画、書等。また普段よりいろんな協力や支援をしてくれる近くの幼稚園、学校、中学校、高校生達の優秀な作品もともに展示される。子供達の作品にはこれも豊饒の国に取引のある会社から、全員に何かのご褒美がある。また個人的にご褒美を提供してくれる人も多い。カラオケ大会や演芸大会等に協賛品が出される。最後の夜には花火もあがって賑やかな祭りとなるのだ。入所している人の子供達もこの日を目差して、泊まりがけでやって来る。ホテルやロッジは予約で一杯になり、キャンプ場にテントを張る家族も多い。


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