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【写真家・近未来探険家 酒井透のニッポン秘境探訪】京都府八幡市の元遊廓旅館『橋本の香』

 令和の時代に入り、昭和の頃に建てられた様々な建築物が次々と姿を消している。遊郭跡も例外ではない。かつての妓楼建築も年月を重ねるごとに取り壊しが進んでいる。

 そんな中、妓楼建築を残すために尽力している人がいる。京都府八幡市在住の政倉莉佳さん。驚くなかれ、政倉さんは、橋本遊郭跡に残されていた物件を購入して旅館『橋本の香』を開業したのだ。そこでは、按摩店『漢方エステ 古民家サロン』も営んでいる。

 「ここを買ったのは、不動屋さんから勧められたからなんです。元・オーナーは、旦那がもう亡くなってて、老人ホームに入ったので、使わなくなってしまいました。ホームには、こういうもの持っていけないからということでしたね。泊まれる部屋は、16あって30人泊まれます。今、中国人の従業員と旦那がアンマを担当しています。旦那は、他で働いていたりしますけどアメリカ人です。自分は、中国の伝統的な民間療法である中医火療をやります。温かい蒸しタオルで体の悪い部分を覆って、その上から医療用アルコールをかけて点火させるものですね。火療は、一発で効きますよ。肩こりとか腰が痛いとかを治すやつです。漢方の療法になりますね。中国にいた頃は、青島に住んでいました。日本に来たのは、今から30年以上前になります」 

 筆者が取材をした日は、平日だったが、すでにお客さんが来ていた。土日は、予約や飛び込み客でいっぱいになるという。以前、ここを訪れた人がSNSにアップしたことで一気に広まったのだ。日本国内には、妓楼建築を宿泊可能な施設にしているところはいくつかあるが、旅館とマッサージを一緒にやっているところはないと考えられる。

 「橋本」という土地は、京と大阪を結ぶ京街道の道中に位置している〝間の宿〟というところで、淀川の向こうには、山崎という街がある。かつてこの街には、山崎に人を渡すための渡し船があり、交通の要所として賑わっていた。江戸時代に橋本遊郭が作られ、往時は、遊里としてとしての賑わいを見せていた。

 遊郭跡は、京阪本線「橋本駅」近くを流れる大谷川に沿うようにして並んでいる。今でも同駅前にあるのが、検番を兼ねていた歌舞練場。明治43年に京阪本線が開業すると、電車でやって来る客が増えた。昭和33年に売春防止法が施行される前には、75軒の遊郭が並び、252名の遊女がいたという。

 橋本遊郭跡のある本通りを歩いているとタイムスリップしてしまったかのように感じられる。建物は、外から見る限り保存状態も良好で、和洋折衷な建築もチラホラ見られる。木造建築の木のぬくもりは、人にも優しい。かつての色街を偲ぶことができることから、観光客にも人気がある。

 「今回、開業するにあたってリフォーム代が2000万円くらいかかりました。1年かかって改装しました。けど、普通に家を建てても2000万円くらいかかりますよね。買った頃、友だちが来てみたら、「この家買ってどうするの?ボロボロやん!」って言って心配してくれたこともあります。畳は、踏むと足を踏み抜くほどでしたよ。畳は、99枚買ったですよ。16部屋あったとしても、家族3人とか4人だと持て余しますよね。余程、このような家を好きな人は買うでしょうけど。前のオーナーは、金持ちだったけど体は元気なかったです。私は、中国から来ましたが、歴史的な文化やこのような古い建物に大変興味があります。こういった町並みは残さなければいけないと思っています。壊したらもうおしまいですよね。3軒先にある建物も買ったんですよ。旦那もこういう建物が好きなんです」

 『橋本の香』は、ひとり1泊5500円。ふたり以上だと3850円になる。『漢方エステ 古民家サロン』での按摩や火療は、1時間2800円(当時)からと爆安だ。見学撮影も可能で、こちらは500円。洗面所などには、赤や黄色、緑色などのガラスを配置したステンドグラスもハメられたままなので、写真の撮り甲斐もある。政倉さんは、話好きなので色々質問してみるのもいいだろう。色街観光と合わせて、橋本の街でまったりしたい。

『橋本の香』『漢方エステ 古民家サロン』
住所◎京都府八幡市橋本黄金川2
電話番号◎090-8375-8761

写真・文◎酒井透(サカイトオル)
 東京都生まれ。写真家・近未来探険家。
 小学校高学年の頃より趣味として始めた鉄道写真をきっかけとして、カメラと写真の世界にのめり込む。大学卒業後は、ザイール(現:コンゴ民主共和国)やパリなどに滞在し、ザイールのポピュラー音楽やサプール(Sapeur)を精力的に取材。帰国後は、写真週刊誌「FOCUS」(新潮社)の専属カメラマンとして5年間活動。1989年に東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件(警察庁広域重要指定第117号事件)の犯人である宮崎勤をスクープ写する。
 90年代からは、アフロビートの創始者でありアクティビストでもあったナイジェリアのミュージシャン フェラ・クティ(故人)やエッジの効いた人物、ラブドール、廃墟、奇祭、国内外のB級(珍)スポットなど、他の写真家が取り上げないものをテーマとして追い続けている。現在、プログラミング言語のPythonなどを学習中。今後、AI方面にシフトしていくものと考えられる。
 著書に「中国B級スポットおもしろ大全」(新潮社)「未来世紀軍艦島」(ミリオン出版)、「軍艦島に行く―日本最後の絶景」(笠倉出版社 )などがある。

https://twitter.com/toru_sakai

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