大沢親分が金庫を開けると…「中に入っていたのは札束じゃなくてハムだった」日ハム一筋の名遊撃手・広瀬哲朗の劇的野球人生（後編）【長谷川晶一『プロ野球アウトロー列伝 異端の男たち』】

1985年ドラフト会議で1位指名を受け日本ハムファイターズ入団。その守備力とガッツ溢れるプレースタイル、明るいキャラクターで活躍した広瀬哲朗。現役時代、近藤貞雄や大沢啓二など往年の名監督と交わした数々の衝撃エピソードを、絶賛発売中『プロ野球アウトロー列伝　異端の男たち』（長谷川晶一著）より一部抜粋して公開します。【前編はこちら】

プロ野球アウトロー列伝 異端の男たち

打撃練習が許されず、近所のバッティングセンターへ

　守備力は高く評価されていたものの、バッティングに難があり、なかなか出番は与えられなかった。小学生の頃は高田繁のファンで、静岡市内のデパートで開催されたサイン会に出かけたこともあった。しかし、「高田さんとはあんまり相性はよくなかったよね」と広瀬は言う。彼の著書『プロ野球　オレだけが知ってるナイショ話』（ソニー・マガジンズ）から引用したい。

　高田監督の下でプレーした三年間はあまりいい思い出がありません。
　私みたいな出たがり屋で、なんでも派手なことが好きな宴会部長タイプは、プロ野球界のエリートである読売ジャイアンツ出身の方にはお気に召さなかったみたいで、一軍にいてもベンチウォーマー、せいぜい、終盤の守備要員でありました。

　チャンスが訪れたのは高田の後を継いだ、近藤貞雄監督時代だった。再び、自著『ナイショ話』の一節を紹介したい。

　この近藤監督にはいきなり秋季キャンプで目をかけられました。
　監督さんから呼び出しを受け、いきなりこう切り出されたのです。
「きみは去年はあまり試合に出ていないね。何が原因なんだろう。ひょっとしたら高田くんに嫌われていたのかな」
　私も、近藤監督が「ダンディな人」というウワサは聞いていましたから、その質問の真偽がわからず、ためらいがちに答えました。
「ま、そのような気がしていました」
　すると近藤監督はこう言ってくれました。
「きみの守備は十分プロで通用する。私はきみの守備を買っているから、いつ出番がきてもいいように練習しておきなさい」
　まさに神の声でございました。
 
「近藤さんに言われたのは、〝お前の守備は天下一品だ。だから守備だけ練習しろ〟って。キャンプのときも、バッティング練習をすると怒られるんだよ。〝無駄な抵抗はよせ！〟って（笑）。でも、守備だけだと昼過ぎには練習が終わっちゃうでしょ。だから仕方ないから、監督に内緒でキャンプ地近くのバッティングセンターで軟式ボールを打って練習してたんだから」
　守備練習を終えて、打撃練習に臨もうとすると、近藤監督からは「さっさと宿舎に帰って身体を休めなさい」とたしなめられたという。
「このとき、近藤さんに〝まだ身体を動かしたいのなら、サブグラウンドでノックを受けなさい〟って言われたんだよね。もうそれ以上、ノックなんか受けたくないよ。素人さんと一緒にバッティングセンターで練習するプロ野球選手。見たことある？　ないでしょ」
　やはり、広瀬の話は面白かった。

1998年パ・リーグ東西対抗、ニューヨーク・メッツのバレンタイン監督と（写真提供＝産経新聞社）

近藤貞雄監督の秘蔵っ子として

　日本で最初に投手分業制を導入したと言われ、大洋ホエールズ監督時代には俊足の高木豊、加藤博一、屋鋪要を「スーパーカートリオ」と命名するなど、「魅せる野球」にこだわった近藤の就任は、広瀬にとっても追い風となった。
「近藤さんには、〝野球はパフォーマンスだ。だから、お前みたいのはすごくいい〟って言われたんだよね。厳しい人だったけど、野球少年の気持ちを思い出させてくれたな。何しろ、マスコミからは当時、〝広瀬は近藤監督の秘蔵っ子〟って言われていたんだからね」
　千葉・鴨川キャンプでの練習後、選手たちは代わる代わる監督の部屋に招かれ、個別面談が行われていた。しかし、いつまで経っても広瀬は呼ばれなかった。
「それで直接、近藤さんに言ったんだよね。〝どうしてオレは呼ばれないんですか？〟って。そうしたら、〝お前は優秀だからいいんだよ〟って言われたんだよ。でも、〝だったら今晩、私の部屋に来なさい〟って（笑）」
　近藤の部屋にはたくさんの洋酒が並んでいた。下戸ではあったが、広瀬も晩酌につき合った。
「監督は戦争中の思い出話や、川上哲治さんとの対戦だとか、昔話を始めたんだよね。でも、こっちは温泉入ってのぼせてるし、慣れない酒を呑んで酔っ払っているし、気がついたら監督の部屋のソファで寝ちゃったんだよ。で、朝目覚めたら、きちんと毛布がかけられていたんだよね。周りからは、〝さすが、秘蔵っ子やな〟って笑われたよ」
　近藤監督時代には、バント要員や守備固め、あるいは代走として、少しずつ出場機会が増えていく。その後、土橋正幸監督時代を経て、「親分」こと、大沢啓二が監督に就任すると、広瀬の人生が好転することになる。
「オレが入団したとき、大沢さんは球団の常務取締役で、毎年の契約更改で一緒だったんだよ。で、毎年〝お前には契約金を払いすぎた。もっと働け〟って言われていたから、〝はぁ？　僕だって好きで日本ハムに入ったわけじゃないんですよ〟って言い返す仲だったんだよね」
　ある年の契約更改のこと。この年も大沢と広瀬による静かなる攻防が行われていた。
「大沢さん、子どもが生まれたんで、もう少し上げてくださいよ」
「上げたい気持ちはやまやまだけどなぁ……。親会社の日本ハムは儲かっているけど、ファイターズは儲かってねぇんだよ」
　そして大沢は部屋の金庫を開けた……。広瀬が当時を振り返る。
「いきなり金庫を開け始めるから、こっちとしても、〝おおっ〟って期待するじゃない。でも、中に入っていたのは札束じゃなくてハムだった（笑）。ウソじゃないよ、これ、ホントの話だから」

『プロ野球アウトロー列伝　異端の男たち』刊行記念イベント開催決定！

著者・長谷川晶一と、ゲストには本書に登場する広瀬哲朗、愛甲猛両氏をお招きして「80年代パ・リーグ」のすべてをノータブーで語り合う！
8月5日（月）、ロフト9にて19時開演。詳細は以下リンクよりご確認ください！

愛甲猛＆広瀬哲朗がノータブーで語る「オレたちの愛した80年代パ・リーグ」

＜著者プロフィール＞
長谷川晶一（はせがわ・しょういち）
1970年5 月13日生まれ。早稲田大学商学部卒業。出版社勤務を経て、2003年にノンフィクションライターに。『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』（白夜書房）、『プロ野球12球団ファンクラブ全部に10年間入会してみた!』（集英社）、『詰むや、詰まざるや 森・西武vs野村・ヤクルトの2年間 完全版』（双葉文庫）ほか著書多数。