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転機たち

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不登校やキャリアなど、これまで立ちはだかってきたいくつもの転機から、何が学べるか。
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#転職

1年前の僕へ。

ちょうど1年前、休職中の2020年12月5日。 初めての日記には、「1年後の僕は幸せですか?」との問いかけが。 不安で押しつぶされそうになっていた1年前の自分に、そしていつも支えてくださっているnoteの皆様に、本日はご報告があります。 かなり長くなりますが、お付き合い頂けましたらとても嬉しいです。 ご報告昨日、2021年12月4日。 私は学生時代からお付き合いしている方にプロポーズを致しました。 お恥ずかしながら、花束とお手紙を手に、「結婚してください」とお伝えしたところ

メリークリスマス

今日はクリスマスイブ。 メリークリスマス、と言うのはイブ?当日? 調べてみると、アメリカでは12月上旬から25日の夜まで使われる挨拶だそう。英国では「ハッピークリスマス」というらしいです。 意味としては だそうです~豆知識~ さて、休職中の昨年12月24日の日記には、「家族と笑いあって過ごせた」と短くあります。 良い一日だったのかな。 当時は休職して3か月。ちょっとずつ感情が戻ってきた時期で、同時に焦りも芽生え始めていました。それを転職活動という高カロリーな形で行動に移す

「大企業で働くのはリスク」という考え方

スマートニュースを見ていると面白い記事を見つけた。 要約すると、過去の不況期においては大企業は衰退したのに対して、多くの中小企業が躍進している。つまり就職や転職において大企業を志向するのはリスクである。 ということだ。 なるほど、と思った。 私なんかは就活にせよ今の転職活動にせよ、名の知れた大企業に入ることがいい事と思っていたけれど、 こういう視点を元に企業探しをしてみると視野が広くなる。 今私は25歳なのだが、今後しばらく企業勤めをするのであれば、頭打ちの大企業よりも成

25歳のリアルな転職活動(情報収集編)

ここに記すだけで世界は何も変わらないのだけれど、決意表明も込めて。 コロナ禍も、家族の不安も、自分の不安も、すべて背負って、我一歩踏み出さん。 以下に動機と、転職活動の流れを順に書いていこうと思う。備忘録もかねて。 転職の動機①休職中/復職後の会社の対応への不信感 →会社全体に余裕がないのだ。 ②現職でのキャリアパスの少なさ ③会社の将来性のなさ ④もっと成長したい!スキルアップしたい! ⑤企画やマーケティングの実務経験を身に着けたい。(現職では無理) ⑥ロールモデルの不在

なぜ職を変えるのか?

悩みは尽きない。 現職への不満と、転職への不安だ。 確かに現職は苦しい。人間関係こそそこそこ良好だが、この先の業績と目下のノルマは苦しすぎる。どういう算術であのノルマは降ってくるのか。上層部と現場の認識は日に日に離れていくばかりだ。 しかしでは簡単に転職できますか?、という話だ。このコロナ禍で。 今日転職エージェントと面談を行った。求人の振り分けなど行ったが、相変わらず自分の軸のなさを自覚するばかりで、未来への希望は持ち得ようが無い。 完全に板挟みである。 なぜ職を変え

25歳、決意の退職(後編)

前編はこちら 帰路、ずっと考えていた。 「私が君なら、辞める。君にとって、その方がいい。」 その意味は。その意図は。行間に何かあるのか。 考えたけれど、あの方の瞳はまっすぐに私を見つめていた。 歩きながら、家族に電話をかけるころには、「辞める」という決意が揺るぎないものになっていた。 大阪の母親は1コールで出た。先ほどあった出来事を話し、 「いろいろ悩んだけど、やっぱ辞めるわ」と伝えた。 両親の反応は意外というか、「お前が決めたのならそれでええ。好きに生きろ」とのこと

25歳、決意の退職(前編)

私は、すごく迷っていた。 「ここは自分のいるべき場所なのか?」と職場に疑問を持ち続けていた。 それでも何か得られるべきだと期待して、自分なりに能動的にも働いていた。石の上にも三年という言葉もあるし。 その結果、無理が集って徐々に疲弊し精神が保てなくなり、「抑うつ状態」と診断されて、半年間の休職。どん底の半年間だった。 この間、家族や友人を初め多くの人に支えられながら、「生きているだけ」状態から「ちょっと前向きに生きられる」ようになった。 そして先日、半年ぶりに復職した。