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国語辞典の図版を数える:④辞書ごとに見る

連載「国語辞典の図版を数える」では、数回に渡って辞書ごとの特徴をまとめてきました。ついに「辞書ごとに見る」章は今回で最後となります。どうぞ最後までお付き合いください。(Lakka)


📍はじめに

今回は<旺国11><学現新6><明鏡3><岩国8>について見ていきたいと思います。繰り返しになりますが、注意事項は以下の通りです。

【注意事項】

1.今回の調査で言う「図版」とはイラストのことを指します。表・コラム等はカウントの対象外とし、Excel表には反映されていません。それらについては、個別に辞書を見る際に触れていければと考えています。

2.目視でカウントしています。気をつけてはいますが、確実に見落とし等あると思います。

3.今回の調査では図版の数を数えることを第一の目的としています。そのため、「何の図版が載っているか」という点において精密性を欠くところがあります。

↓↓ 概要と結果はこちら ↓↓

💡<旺国11>旺文社(2013)を見る

初版:1960年
ターゲット層:中高生〜社会人

『旺文社国語辞典』は「旺国民」というファンネームが存在するほどコアなファンが多い国語辞典です。全体的にバランス良く言葉が立項されているほか、著名な和歌・俳句の立項、その言葉の起源を教えてくれる「はじまり」欄などが大きな特徴です。
2023年10月に第十二版が発売されました。(今回の調査では第十一版を使用しています)

まずは序文を見てみましょう。こちらは第十一版のものです。

言葉の変化は速く激しく、想像もつかぬような新語が生まれ、外来語も増加している。(中略)年配者には新しいことばへの理解が求められ、若者にはことばの伝統が求められる。本辞典は新時代の要求に応え、新時代の言語生活に役立つべく、新語・時事語・外来語への目配りを積極的におこなった。
しかし、(中略)いたずらに新しさを求めるだけではなく、日本文化の基となってきた国語の豊かな伝統を保持することも重要である

(一部引用)

旺文社国語辞典は「新時代の要求に応え、新時代の言語生活に役立つべく、新語・時事語・外来語への目配りを積極的におこなった」としつつも、いたずらに新しさを求めるだけではいけない、と述べています。
序文から推測するに、かなり幅広い年代の人々を利用者として想定しているのではないでしょうか。

<旺国11>には466個の図版がありました。これは<新選10>の574個に続いて、2番目の多さです。
ここで、<旺国11>独自の図版、つまり他の辞書にはなく、<旺国11>にのみ載っている図版のリストを確認してみます。(表5)

表5<旺国11>のみ

<旺国11>独自の図版は91個でした。ざっと見た感じでは、植物が目立つように思います。
しかし91個という数字は、総数が466個であることを考えるとかなり少ないようにも思われます。

そこで、調査対象の9つの辞書のうち、2桁以上の図版が見られた5つの辞書について独自性を計算してみました。結果は以下の通りです。

① <新選10>  193÷574=33.6%
② <旺国11>   91÷466=19.5
③ <三国8>    144÷390=36.9
④ <学現新6>   147÷294=50
⑤ <三現新6>   62÷140=44.3

※きれいに割り切れなかったものは小数点第二位を四捨五入。

<旺国11>の図版の独自性は19.5%、他の辞書と比べると圧倒的に低い数値となりました。過去の記事で触れてきた<新選10><三国8>は普通、<三現新6>はやや高いと言ってよいのではないでしょうか。(<学現新6>については後で触れます)

「独自性が低い」ということはマイナスなことではありません。逆に言うと、他の辞書には図版があるのに旺文社国語辞典には載っていない、というケースは比較的少ないと考えられます。
これは、旺文社国語辞典が幅広い年代の利用者を想定した、バランスのいい国語辞典だからではないでしょうか。旺文社国語辞典は、いい意味で癖のない辞書と言うことができると思います。

💡<学現新6>Gakken(2017)を見る

初版:1994年
ターゲット層:中学生(上級)~社会人

『学研現代新国語辞典』は「同訓・同音異義語の使い分け」や「類語の使い分け」といった囲み記事が充実している国語辞典です。また「類語と表現」という赤囲みのコラムが非常に面白く、その言葉の言い換え表現だけでなく、オノマトペを知ることができます。

<学現新6>には294個の図版がありました。まず、初版の序文の一部を見てみましょう。

「春」「夏」「秋」「冬」、「風」「水」、「心」「色」、「言う」「笑う」など日本人の感性に深く関る単語には、用例や類語・関連語を多数示し、語感の理解や多様な表現に役立つようにした。助詞・助動詞・形式名詞・補助動詞の類も再検討を加え、用法を細かく分けて例を多くあげた。最近盛んになった外国人の日本語の教育にも役立つことと思う

(一部引用)

初版の序文からは、「日本語を大切にしたい」という金田一春彦の強い想いが感じられます。一方で、日本人だけでなく、日本語学習者のことも利用者として想定しているようです。

また、第四版の序文を見てみると、次のように記されています。

今回の改訂版では、(中略)よき伝統を守りながら、収録語数を七〇〇〇増やして、七万五千語とした。(中略)図版も一五〇追加し、より分かりやすくなったように思う。

(一部引用)

つまり、学研現代新国語辞典の図版294個のうち、およそ半分が第四版改訂時に追加されたものなのです。

ここで、<学現新6>独自の項目について確認してみます。(表6)
先程計算したように、<学現新6>は294個中147個、つまり50%が独自の図版となっています。これはかなり高いといって間違いないでしょう。

表6<学現新6>のみ

このような独自性の高さは、日本語学習者が利用することを想定してのものなのでしょうか。ターゲット層が「中学生(上級)~社会人」であるにも関わらず、「日本刀」の図版があるのはやや不自然なようにも思います。

しかし上述のように、この辞書は第四版で大幅に図版が追加されています。そのため、第四版でどのような図版が追加されたか、といった点に注目し、調査を重ねる必要があるように感じてます。
なぜ学研現代新国語辞典は図版の独自性が高いのか、という疑問については今後の課題としたいです。

💡<明鏡3>大修館書店(2021)を見る

初版:2002年
ターゲット層:不明(中高生~社会人か)

『明鏡国語辞典』は初版が2002年とかなり新しく、新語や俗語の積極的な採録、誤用表現の指摘・解説で知られる国語辞典です。同じ編集チームが出した『問題な日本語』『みんなで国語辞典』は、電子辞書で読んでいた、という記憶がある方も多いのではないでしょうか。

<明鏡3>には次の6つの図版がありました。「着物」「筋肉」「月」「床の間」「脳」「骨」です。
6個しかないの!?と驚かれるかもしれませんが、「筋肉」「床の間」に関してはページの3分の2を使うほどの気合いの入れっぷり。他の4個に関しても、めちゃくちゃ情報を詰め込んでやるぞ…!!という熱意を感じられます。お手元に明鏡国語辞典がある方はぜひご覧ください。

明鏡国語辞典の特徴は、何といっても誤用の指摘・解説。第三版では「書き分け」「読み分け」「品格」欄も新設されました。加えて、ありえないくらい語義分類が細かく、例えば「入る」は①~㉘まであります。
このように、明鏡国語辞典は言葉での解説、補足が多く、図版の優先順位が低いのではないかと思います。

しかし、「筋肉」「脳」「骨」といった体のしくみにまつわる図版に力が入っているのは、大修館書店が保健体育の教科書を出していることと関係があるように思われます。
ちなみに「月」は<新選10>に、「床の間」は<三現新6>にもあるのですが、残りの4つは<明鏡3>のみです。少ないながら独自性が高いのは間違いありません。

最後に、北原保雄による初版の序文を引用します。

私は、これまでにいろいろの辞典の編纂に携わってきた。その数は二十種を越える。その最初から一貫して変わらない私の信念は、既にある多数の辞典にもう1冊を加えるのではなく、今までにはないただ一つの辞典を創るということである。大した特徴もない辞典をもう一冊増やしても世の中を混乱させるだけである。

(一部引用)

辞書への熱意がすごい。
図版も北原保雄によるこだわりがあるのかもしれません。

💡<岩国8>岩波書店(2019)を見る

初版:1963年
ターゲット層:不明(高校生~社会人か)

「岩国(イワコク)」こと『岩波国語辞典』は、新語・新用法についてやや慎重な姿勢をとることで知られています。▽の下の補足説明が面白く、そこを読むことが大好きなファンが多く存在します。

岩波国語辞典の新語・新用法について慎重な姿勢は、序文にも記されています。以下に第八版序文の一部を引用します。

改訂時には、当然の作業として、新しく現れた語を項目として追加し、新しい意味・用法を加え、同時に、古い語、古い意味・用法の整理をする必要があるわけだが、この辞書は「明治の後半ぐらいからを念頭に置く」という方針があるため、古い意味・用法をただ削除するのではなく、語義だったものを注記(▽)に回すなど、穏やかに変えていく方針をとっている。新しい語、新しい意味・用法については、他の辞書に比べて若干慎重な姿勢をとり、十分に定着したと判断されるものを掲載するようにしている。

(一部引用)

岩波国語辞典は、言葉の歴史に注目している辞書と言ってよいでしょう。言葉の移り変わりをしっかりと見ているからこそ、新語や新語義に慎重な姿勢を取っているのです。

<岩国8>には図版が1つもありませんでした。岩波国語辞典は、これまで紹介してきた国語辞典とは少し異なる性質を持っているように思います。
国語辞典の図版を数える : ③辞書ごとに見る」において、三省堂国語辞典は要するにどんな意味かを説明する辞書であるとしましたが、岩波国語辞典はそうではありません。言葉の移り変わりをよく観察し、慎重に記録することを目指す岩波国語辞典は、利用者への伝わりやすさより「記録する」ということを優先しているように感じます。言葉の移り変わりを記録することもまた、国語辞典が持つ大切な役割のひとつです。

しかし、ここまで様々な図版を見てきた身としては、少しくらい図版があってもいいのではないか?と思ってしまいます。あえて図版なしとしているのには、何か特別な理由があるのでしょうか。

「国語辞典の図版を数える : ③辞書ごとに見る」で紹介した『新明解国語辞典』にも図版がありませんでした。
これらの辞書がどのような意図で今の形になっているのか、また図版をなしとすることでどのような効果があるのか、今後考察を進めていく必要があると感じます。

📍まとめ

<旺国11><学現新6><明鏡3><岩国8>についてまとめました。図版が多かったり全くなかったりと、振れ幅の大きい回だったように思います。
長くお付き合いいただいた「辞書ごとに見る」章は今回で終了となります。次回は、全体を通しての気付きや今後の課題についてまとめられればと思います。最後まで読んでいただきありがとうございました。次こそはお待たせしないように頑張ります!

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