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レシピ本のすゝめ(抄)(機関誌『自炊のひろば』創刊号より)

【注意】この記事は、自由炊事党機関誌「自炊のひろば」創刊号(2019年11月発行)に掲載された記事の一部を、見本として掲載するものです。都合により予告なく公開範囲を変更しまたは公開を取りやめる場合がありますので、ご了承ください。

0.0.0 はじめに

 「人は食の上に食を造らず食の下に食を造らず」と言えり。されば人より食を生ずるには、全てみな同じ位にして、生まれながら役に立つだとか体にいいだとかの差別なく、万物の霊たる味と香りとの働きをもって天地の恵みたるよろずの食材を組み合わせ、よって衣食住の一部を担い、自由自在、互いに食の妨げをなさずしておのおの人を安楽にこの世を渡らしめ給うの趣意なり。されども今、広くこの人間世界を見渡すに、流行りの食あり、廃れた食あり、貧しきもあり、富めるもあり、うまきもあり、まずきもありて、その有様雲と泥との相違あるに似たるはなんぞや。その次第筆者にはいまだ明らかならざる哉。……

 書き出しから長くなってしまったが要はこの文章は「レシピについて」、一人のレシピ本オタクが長々と語る文章である。本当に割と長くなるがお付き合いいただけたなら筆者は嬉しさのあまり変な踊りを始めるだろう。幸い一人暮らしなので人目を気にせずに済む。
 さて、個人的な意見で言えば「料理をしよう」というときに必要なものは主に三種類。第一に材料、第二に調理器具、そして第三にレシピだと思う。その中でもレシピは特別なものだ。レシピは他の二つと違って劣化することがない。世間での流行りがあったとしても、自分にとって好きな味付け、好きな火加減を覚えてしまえばそれは一生、もしくは世代を超えて残り続ける。
 例えばの話で言うと、筆者は母親が結婚したときに買ったレシピ本を所持している。もうページはボロボロで、読めない箇所も多い。しかしこの本を手放せない理由がある。これは“なんとなく”、“ちゃんとした料理”を作りたいときに便利で、その本にあるレシピの材料を可能な範囲で揃えて、母が端折るであろう工程を予想し適当に手抜きをすれば不思議と実家の味になるのだ。きっと母の味はこれからも私によって残される。
 料理をする人も、これから料理をするかもしれない人も、なんならおいしそうな料理の写真を見たいだけの人にも、ぜひお気に入りのレシピ本を見つけてほしい。そしていつか「自分の味」にたどり着いてほしい。レシピ本オタクの筆者は常々そう思っている。
 しかしここで問題が一つある。世に出ているレシピ本が多すぎることだ。ふらっと入った駅前の書店にも料理の本は何十冊とあるが、これらすべてを試読しても買おうと思うほどに気に入る1冊が見つかることは珍しい。パラパラと眺めるうちにレシピ本を選ぶ基準とは何なのかがわからなくなって書店を後にすることも少なくない。
 そこで、この長い序文をここまで読んでくださった読者の皆さまには、
①「レシピ本とは何を基準に選べばいいのか」
②「オタクおすすめのレシピ本とはどんな本か」
③「レシピはどういう風に使うべきものか」

 これら3つの疑問に対する答えをこの先の文章で確かめていただきたい。

0.1.0 レシピ本とは何か

 こういった文章ではまずテーマの定義を再確認すると聞いた。なので筆者もやってみる。レシピ本とは、「料理のレシピを複数まとめた本」である。当然の事であった。字数稼ぎだと思われるのもなんだか悲しいので、次にレシピ本を構成する要素とその評価基準について解説する。

0.1.1 料理のレシピ

 料理のレシピは料理名、写真、材料、作り方の4つからなる。場合によってはコツ、注意事項などが書かれていることもある。
 レシピの評価基準は以下の4点とした。

1)材料が手に入りやすいか
これは実際に作るときに重要になってくる。作る料理を決めて買い出しに行ったものの近所のスーパーマーケットでの取り扱いがなく、入手のためにターミナル駅の輸入食品店に行かなければならない、という事態は日常の自炊では避けたい事態だ。また地味に高価で学生の財布に対するダメージが大きい食品をやたらと使う本も望ましくない。
 自炊で使う食材は自分の身の丈に合ったものの方が味の予想も食べ方も見当がついてよいと思う。

2)作り方がわかりやすいか
 レシピ本は購入する前に一回読んでみてほしい。正確に言うと、開いたレシピ本を持ったまま意識をキッチンに飛ばしてそこに立っている自分を想像してみてほしい。レシピ本にあるとおりの材料を机に並べ、調理器具がそこにあると仮定し、実際に工程をなぞってみる。
 やけに使う耐熱容器の数が多かったりはしないか。揚げ物やお菓子作りでもないのに途中で温度計が出てきたりはしないか。シンクが使用済みの調理器具で埋まったりはしていないか。
 要はそのレシピを自分の家で、自分が疲れているときでも再現可能かということを考えてみる。せっかく作るのならば楽しい方がよい。準備も片付けも負担にならない範囲に収まっている工程のレシピがよいだろう。

3)料理の写真がおいしそうか
 美しい写真はモチベーションの上で重要である。カメラマンの手腕と言われればそこまでではあるが、実際に見たときに「おいしそう」「作ってみたい」という気持ちが強ければ強いほど自炊はうまくいきやすい。期待が大きくなりすぎるのもよくない、という方もいらっしゃるかもしれないが、自炊の楽しみは実食だけではなくその過程にあるのではないだろうか。実際に作る楽しみを体験するために、各工程の解説にも写真が添えてある本がよいと思う。

4)「作りやすい」か
 ここでいう「作りやすさ」とは、工程が単純であるとか材料費が安いという評価軸とはまた異なる。
 例えば、グラタンのレシピが二つあったとしよう。片方は生クリームを180 mL使用、もう片方は200 mL使用するものだったとする。この場合後者の方が「作りやすい」レシピと言える。生クリームは通常1パック200 mLで販売されているためだ。20 mL微妙に残ったところで処理に困ってしまう(手立てがないわけではないが)。特に自炊を始めて間もないうちは使いやすい分量で書かれているレシピを選ぼう。「使いやすい」というのは「自分で量の想像がつく」と考えると分かりやすいだろうか。
 別の例を挙げるとキャベツが100 g使用と1/8個使用の時は筆者としては後者の方が好ましいように思う。しかしキャベツ100 gの方が量の想像がつく、という方はどうぞそちらのレシピを使ってほしい。

0.1.2 その他

 料理のレシピ以外の要素を指す。大抵文章に写真やイラストが添えてある。その本が何にフォーカスしているかによって内容は異なるが、レシピとはあまり関係ない。
 例:著者の生活に関するコラム、海外の食べ物の紹介など
 この要素の評価基準はたった1つである。

1)自分が読んでいて不快ではないか
 これに尽きる。執筆者の場合はレシピ本においしい料理のレシピを期待している。質のいいレシピが沢山載っているほどうれしい。しかしそうでない人もいる。そういったコラムが好きな人もいれば、使い方の分からない調味料の上手い使い方や調理器具の選び方を解説してほしいという人もいる。
 なのでレシピ本の「レシピ以外の部分」に関しては実際に読んでみて、気にならないようであれば購入を考えてみるのがよいと思う。

1.0.0 それでは

 レシピ本の書評が載っていると聞いたのに中々メインテーマにたどり着かずやきもきしている方もいらっしゃるのではないだろうか。お待たせしてしまって本当に申し訳ない。次ページからレシピ本の紹介に入る。今回はこの文章を読んでくれそうな人々に紹介したい本を40冊ほど選んでみた。いくつかのカテゴリに分類しているのでご自身の興味に合わせてご覧いただきたい。

1.1.0 自炊を始めるあなたに

 自炊、ここでは食事を自分で作ることを指す。自炊を始めるきっかけは人によって異なる。これから作ろうとしているものも。瞬きの間に食べたいものは変わってしまうし、日によって玉ねぎと人参の値段は違う。そんな不確かな日常の中でも確かなのは、自由炊事党は常に自由な炊事活動を推奨しているということである。
1.1.1 これから料理を始める人に贈りたい1冊たち
 以下で紹介するのはこれから自炊やお菓子作りを始めようかな、と考えている人に読んでほしいレシピ本である。これらの本は1冊のなかで揃えるべき調理器具の情報や初級~中級のレシピがまとめられており、1冊持つだけで料理の基礎を学ぶことができる。
 これから料理を始めたいけどまず何をするべきか迷っている人、一人暮らしを始めようとしている人にはぜひ手に取ってみてほしい。

おいしさのコツが一目でわかる 基本の料理

 こちらの本はとにかくメジャーな料理の作り方を懇切丁寧に教えてくれる「最初の一冊」にふさわしい本であると言える。特に冒頭に挟みこまれている「お料理一年生mini book」は普通のレシピ本ではコラムとして扱われがちな情報を小冊子にまとめてくれているところ、調理器具の扱いだけでなく食品の保存法も紹介されているところの2点から筆者一押しの入門書である。

コンロ1つで自炊Lesson

 自炊がしたくても自炊に向いていない環境にいるので自炊ができない、という声を聞くことがある。だが安心してほしい。自炊はどこでもできる。向き不向きがあるが工夫次第でどうとでもなる。その工夫が難しい、という声にはこの本を返すことで答えよう。コンロが1口という環境は調理に不向きであるように感じられるが、キッチンが狭くても調理はできる。省スペースの調理テクを知りたい方に読んでほしい。

はじめてでもおいしく作れる和食

 料理を趣味として始めたい人におすすめの本。和食をきっちり作れるとなんだかかっこいい感じがしないだろうか。筆者は板前さんが手際よく和食を作っていく姿にあこがれを抱いているのでそんな感じがするのかもしれない。とにもかくにも白ごはんが好きな我々がまず手に取るべきレシピ本と言っても過言ではないだろう。

(編注:ここからおよそ30冊省略)

1.3.0 自炊上級者の先輩へ

 自炊中級者の筆者が意見するのも恐れ多いことではあるが、先輩方にぜひ手に取ってほしい本があるので紹介させていただこう。

1.3.1 たまに作ってみたくなる料理

 自炊を続けていると、たまに作りたくなる料理がある。自分へのご褒美やお祝いに少しの贅沢をしたいとき、ふとあれが食べたいなぁ、なんて思うこともある。友人と家に集まるときの手土産にせっかくだから何か持っていこうか、という考えになることもある。そんな少しの贅沢を、手の届くものにしてくれる本を紹介していく。

キッシュ屋さんのキッシュレシピ

 キッシュという料理はフランスが発祥で、今ではカフェなどでもパンとスコーンの隣に並べられていたりするメジャーな総菜だ。様々な野菜がちりばめられたその鮮やかな見た目から「お洒落な」料理の一つに数える人も多い。お洒落な料理はその分手間がかかり難しいと考える人もいるが、実は逆で、キッシュは「簡単だからこそ華やか」なのである。どんな組み合わせでも不思議とおいしく焼きあがる。手土産としても割と喜ばれるキッシュを自作できたならホームパーティーがより一層楽しい場になることだろう。

サンドイッチ教本

 以前から筆者が疑問に思っていることの一つに「市販のサンドイッチがなぜあんなに高いのか」というものがある。サンドイッチは安いもので1パック200円弱、卵が入っているものだと200円~250円くらいか。肉が入るともっと高い。当然のことだが自分で作った方が安い。しかしサンドイッチづくりとは難しく、なぜかおいしく出来上がらないなんてことがよくある。筆者がそう悩んだ時に手に取ったのがこの本だ。「おいしさの基本」を読み込んだ日が懐かしい。自分の好きな具材でサンドイッチを作りたいときにはこの本を参考にしてほしい。

上菓子「岬屋」主人のやさしく教える和菓子のきほん

 筆者はたまに和菓子を作って食べることがある、と言うと知人には驚かれる。確かに今では小麦粉やバターと比較すると和菓子の材料は馴染みがなく、ハードルが高く感じるかもしれない。しかし和菓子の材料は同じようにスーパーに並べられており、手間に思う作業の一部は電子レンジを活用することで負担を軽くできる。まずはこの本で和菓子作りの基本を押さえ、そしてゆくゆくは自宅で名店の和菓子を作ってみよう。

くわしくて ていねいな お菓子の本

 お菓子作りも少し慣れてきたあなたに次のステップへ進む地図として提供したいのがこの本である。これまでの初級者向けの本に載っていたレシピよりも少しオシャレで、垢ぬけた印象のあるお菓子が顔を並べる。それだけではなくこの本には少し調理科学とお菓子作りの関係に関しても言及されているのでサイエンスの観点から料理を考えるきっかけを与えてくれる。パッと開いたら名前も聞いたことがないお菓子が乗っているかもしれないが恐れることはない。レシピが紹介されるようなお菓子はすべておいしい。

うまい! 簡単! 失敗なし! 餃子、春巻きレシピ

 ホームパーティーの定番といえば鍋、たこ焼き、餃子。いずれも用意と片付けが楽で、急な乱入者にも対応でき、味付けは自分で柔軟に行うことができるし、何より出来上がりまでの時間が楽しいのだ。特に餃子は包むという自分が調理に関わっているという意識が料理をさらにおいしくするエッセンスになっていると言えるだろう。餃子のレシピにバリエーションがあれば、なお一層楽しいというものだ。魅力的ないろんな餃子を口実に参加者を増やし、スケールメリットをこれでもかと機能させたなら、そう。集団的自炊権の行使につながる。この権利の行使は党の方針に一致するものなのであなたは実質自炊党に1俵入れたようなものである。ありがとう餃子。ありがとう集団的自炊権。ばんざい!

★この記事を執筆したのは

党員 侘助
1998~。集団的自炊権賛成派かつ自称歩く少数派。国民甘党の立ち上げを目論んでいたものの人望がなく仲間が集まらなかった。その後自由炊事党に入党。Twitterを見る限り自炊のペースは月1回強。レシピ本評論家として活動していた時期もある。本人によると今までに読んだレシピ本の数は400冊以上とのことだがおそらくそれは数えていないだけ。将来の夢は「霞を食べて生きること」。

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