フョードルの良妻に止められた、あの幻のレペゼン体操第二

「ごめんな、こないだ、
 合コン、行きたかったなー、
 おれ、すっかり忘れてたもんな、
 じいちゃんの三回忌。
 帰ってきたよ、実家から日曜に。


 どうだった?
 あ、いいや、それよりおれの三回忌、
 ちげ、おれ死んでねえよ、
 おれの、じ、い、ちゃ、ん、の、三回忌。
 くそ、ちょいと落ち着けその話、
 おれんなか、まだ落ち着けねんだな、その話。

 そこでな、
 めちゃくちゃ、そ、めッちゃくちゃ
 ひさしぶりに甥御にあってさ、
 おれの甥御、中二のノブアキ、a.k.aノブ。


 お、ノブ?まじ、ひっさしぶりじゃん!って、
 仏壇になずむじいちゃん、そっちのけ、
 まずそいつんとこに、拝みに行くくらい。


 ノブ、ノブはさ、おまえにわかるかな?
 もうあれからおれの
 トゥープラウドトゥープライド、ノブ、
 ちっさいころから、どっかもじもじしてて、
 紫外線に弱えし丸めがね、レンズの奥、
 花粉、もう飛んでねえだろって季節でも、
 なんでかいつも、目はしょぼしょぼ、
 鼻、耳は重力に従順、下にしゅるっと垂れてて、
 頭と体は、なんだ、あれだ、エル・グレコ、
 みたいにすいっと、縦にのびちゃって、
 のびちゃっただけに、自画像の絵筆、
 肌の色は青白、ライカ千歳飴、
 なんだかビジュアル、しぐさ、ぱっとしない、
 そしてしゃべんない、声も忘れていたくらい、
 右肩上がりの猫背、いいんだ、これが、
 右のモミアゲだけなぜか強いクセ毛、味だな、
 そして理由なくキープされる、
 はにかみの流し目、春夏秋冬、
 雨ニモマケズ、風ニモマケズ、
 薄紫がかった唇もとの微笑み。


 ノブ、で、もう中二ってわけ。
 あいかわらずなのかって思ったら、
 そうじゃなくて、三回忌って、
 きほん暇だろ?
 だからおれ、ノブのこと、
 ちらちら観察してみるとさ、
 線香の煙、木魚、坊主の足袋についた糸くず、
 親族たちの人間模様、
 三回忌のだだぴろい座敷にころがってるやつ、
 全部、伏し目で追ってるようなヤツ。


 甥御ノブアキ、
 前に会ったのは、小三くらいだったか、
 そんときは別になんとも思わなかったけど、
 もう中二だろ?


 なんかほっとけないんだよ、小さい頃から。
 とくに親戚の男たちは。
 弱いんだ、バカが抜けきらない男たちは、
 ああいうノブみたいなの、なんだろな、
 あの、そう、なーんかほっとけない感じ。
 いきなりうわーって、
 脇腹くすぐってみたくなるような、
 甥御のノブ、そういうヤツ。


 で、もう中二だろ?
 小三から、四、五、六、一、やれ中二だろ?
 あれからいろんな経験しただろに、
 目からメガネ、外しちゃって、
 かぶってんのは猫かって、
 それで、そのままでいられるもんかって、
 はにかみ以外のもの、何でもいいから
 出させたくなるような、そういうヤツ。
 正義感強い女がよく、それはイジメだって
 勘違いしてしまうイジリ、そんなやつ。


 で、『おれの親族』、それだけで、わかるだろ?
 やっぱみんな、ばかみたいに酒に浸って、
 くやしそうに眺める遺影の中、
 地元ジャ負ケ知ラズ、禁酒歴三年、
 半アル中のまま死んだバッカイじいさん
 そっちのけ、
 わーわー言うのもヤマ越えて、
 ちょっと話題に隙間がではじめたとき、
 座敷の隅っこで、
 バッカイの一族の騒ぎをまるごと包むような
 優しいムーサみたいな笑みを浮かべ、
 静かに鉢盛りをつついてた
 三人、聖家族のところから、
 『ちょいとお借りします』って、
 『おいでノブ』、悪しき酒癖継ぐ若ガシラの手招き、
 罪深いおれは、騒ぎの真ん中に連れ出した。


 ノブ、学校楽しいか?、
 からはじまって、
 勉強は?部活は?って聞くと、
 学校の楽しさを淡く肯定、勉強はふつうです。
 部活はしてません、伏し目。
 へぇ、て生煮えの間投詞、まるで、
 <リコメ、それだけで満足です>てな回答、
 ノブの締め。


 ぅんなら好きな子は?どうだ好きな子は?
 ってヤボなのはおれじゃないよ、
 あのノブにでも酒に再発酵かけた鼻息かける、
 ちょっとのジョイじゃとれないアブラヨゴレの親戚たちなんだわ。


 ノブアキは得意のはにかみでいなそうとする。
 なんかわりいことしたなぁって、おれ、
 ノブの両親、ちらっと見たらさ、
 あいかわらずの仏顔、でも、なんか、
 どっか、不安そうに見えるわけ、おれには。
 そこにめんどくせえオヤジがつけこんで、
 べろんべろんに酔っ払って、
 そこんとこしつこく掘り下げようとするわけ。
 つまんねぇ、つまんねぇなあノブアキ、って
 なんだ、女の話もできねえのか、
 防虫剤臭え肘に小突かれても、そこはノブアキ、
 秋風に吹かれた柳のようにはにかみで流して、
 でも後味に絶えきれず、
 ちょっと苦しそうに微笑んで、
 のぞいた犬歯がくすんだ銀歯なわけ。


 おめえはなんもできねえのか、
 へえ、へえ、ばかりで。
 この悪ノリと、聞いてもいない猥歴の披露に、
 なんかちょっとおれも、
 ノブ囲んでるエトセトラの男たちも、
 この現代和製のフョードル・カラマーゾフ、
 いいかげん止めなきゃなって
 空気感じはじめた中…、つれえな。


 『じゃあ』って、ポツリうつむきのノブアキ、
 その日はじめて、自分からしゃべる。
 『レペゼン体操第二、やります』
 はぁ、なんだそりゃ?、って男たち、
 ノブが急にしゃべるもんだから、
 妙な空気になり、それが座敷全体、
 三回忌の親族に伝播し、しんとなる。
 しんとなるし、
 レペゼンって言葉、知ってる世代少ないし、
 第二って、しかも第二って、ノブ、
 もうそれだけで、そのときおれだけ、
 ぷっと吹き出してしまう、
 でもどっか、なんだかおれ、
 胸がジギジギして。


 ノブアキが左の立て膝から、
 ひょろっと、その場に立ち上がる。
 その顔から、はにかみがすっかり消えている。
 各パーツの情けなさがすっかり消えている。


 おれの知らないノブアキが、
 おれが思うに、おれがおそれるに、
 中二にして実存主義者、ノブアキが、
 すれからしのおとなたちの真ん中で、
 蔑みもうっとうしさも、顔に出さず、
 涼しげに、堂々と立っている。


 おれ、うあっ!と思って、
 見ちゃいけないもの見たときみたく、
 なんか背筋冷たくなって、
 そしたらノブアキ、なんか感じたのか
 おれとヒタっと目が合って、
 うっかりつけ忘れた常備のはにかみ、
 顔に戻そうとしたんだけど、
 『ノブちゃん、ノブちゃんいいのよ』
 て絡み酒フョードルの良妻、
 『あんた!飲み過ぎなんよ!
  ごめんね、ごめんなさいね、ノブちゃん』
 って、ノブアキの両親にも頭を下げる。


 座敷の隅、おとなしくしてたノブアキ、
 ひっぱりだしたのおれで、
 なんか悪いことしたなって、
 なんかわけわかんないけど、
 とんでもなく申し訳なくって、
 年甲斐になくこわくなって、
 三人の顔が見れなかったんだわ。
 もう次、こねえだろうなあって。


 でもさ、なんかおれ、ノブアキ、
 ひょっとして将来、
 すんげえことやってくれるやつなんじゃ、
 って思ってさ、
 レペゼン体操第二、レペゼン体操第二、
 って、なんなん、このワードセンス?、
 ノブアキ、第一もあんの?って。


 すげえだろ?ノブアキ、
 おもしれえだろ?おれの甥御。

 つよくて、おもしろくて、哀しいんだ、あいつは。


 ユーチューブ調べてみたけど、
 ひとつもでてこないんだわ、レペゼン体操第二。
 しかもあの、中二のノブアキが、
 『じゃあ』って、ノブの『じゃあ』だよ、
 そういえば、その声澄み渡る
 ボーイソプラノ、声変わりしてなかったな、
 そういうとこも、…いや、いいや、
 えっと、『じゃあ』ってあのノブが、
 どうしようもねえバッカイ愚息連に、
 あのおとなしい両親たちがいる前で
 やってくれるって。


 なんかどっか哀しいけど、
 どっか誇らしくて、甥御として。
 レペゼン体操第二、結局、
 見れなかったんだけどね。


 そのあとでおれ、
 ノブにごめんなって謝ったら、
 やっぱりはにかむだけの、
 ただのノブアキにもどってて。
 そのむかしっから見慣れた顔見たら、
 やっぱ見ときたかったなーって。
 で、ひょろい脇腹、つついて別れて。


 でもおれなんか、妙な気持ちなんだわ。
 わかんねえかな。あいつのすごさ。
 そして一生残るんだろな、こんときの、
 ヤケドの跡っぽい、ヒリヒリした、罪悪感。


 帰りの新幹線で、じいちゃんのこと
 思い出しちゃって、生きてた頃、
 なんかの集まりで酔っぱらってよ、おれと
 小学校に上がるか上がらないかノブ、
 呼び出して、最近のクソガキはって、
 説教はじめんだ。

 畳に打ちつける一升瓶の底、咳払いがゥウホン、
 ワシの親父は、からはじまる鉄拳制裁の遍歴、
 わかったわかった、もういいよって、そのなかに、
 こんなこと、叩き込まれたって、いいやがる。


 ツヨイコハ ナキマセン。
 イタクテモ ガマンシマス。
 ツヨイコハ コハガリマセン。
 クライトコロデモ ヘイキデス。
 ツヨイコハ イヂワルヲ シマセン。
 トモダチニ シンセツデス。


 戦前の教育だろ?しらねえよって、
 何回も何回も吟じてよ、
 愚息ども、あああれか、でたでたと、十五夜みたいに喜んで、
 調子に乗って、じゃあもひとつって。
 酔いどれの旋律ごと、ばかなおれでも
 するっとおぼえちゃってんだよ。


 ノブ、あれおぼえてんのかなって、
 シャッシャと後ろに吹っ飛んでいく山々、
 窓辺に肘掛け眺め、ふと気になったりして。
 でも、あいつきっと、フョードルの葬式も、
 線香あげにくるんだろなー、
 はにかみながら。


 やってくんねーかなー、なに、
 あいつのつまんねえ通夜に、
 フョードルの良妻に止められた、
 あの幻のレペゼン体操第二。


 それが腹からおもしれえのか、
 腹から哀しいのか、
 わかんねえから、
 どこかで期待しちまうんだな、
 見てえなあって。


 ま、フョードルみたいなやつに限って、
 ノブが成人しちまっても、
 生きてるって摂理、笑止ってか」


中二にして、ノブアキは何かを諦め、
もっと高いところで、その諦めた何かを
掴もうとしているのかもしれないし、
別に、そうでないのかもしれない。


ただ、
ノブアキが世間に見せるはにかみと沈黙が、
世界を豊かにしていることは、間違いない。
ノブアキの素顔は、誰も知らないほうがいい。

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