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オーラの正体と、他の人と世界線をずらすお話(第56話)

今日は「オーラ」についてアウトプットしていく。

「あの人はオーラがすごい!」とか、「俳優や女優を見たけど、オーラが違うかった」みたいなことをよく耳にすると思う。

だけど、じゃあオーラって何?と聞かれると、しっかり自分の言葉で言語化できる人は少ないんじゃないんかな。

なので、自分なりの「オーラ」を今日は定義していくことにする。

結論から言うと、僕の考える「オーラ」とは、「自分がまだ知らない世界の空気」だと思う。これを身に纏うことでオーラとなって感じることができるのではないかと。

「オーラ」が見えやすい・感じやすい人というのは、芸能人やアスリートが多いと思う。その人たちは普段、芸能界やアスリート界などの僕たちが知らない世界に生息しているので、違う空気を吸っているはずだ。(物理的には同じだが、感覚的に違うと思う)

違う世界で、日々僕たちが経験できないようなことを日常レベルで体験し、自分を成長させていく。僕たちが普段、勉強やスポーツなどで成長できるレベルとは比べ物にならない。

圧倒的なプレッシャー・世間からの声 ・独特の緊張感などに耐えながら表舞台では苦しい顔を見せずに、最高のパフォーマンスをする。その人たちが別世界の人と交流した時に感じる雰囲気が、オーラなのではないか。

同じ世界にいれば、おそらく「オーラ」というものは感じにくいのだと思う。もし同じ世界にいても感じる場合は、その人が数段階上のレベルにいるのだろう。一流の人たちが口を揃えて「あの人はすごい」という人は、相当違う次元にいる。

僕たちが「オーラ」を感じるには、そこまで高次元にいる人に会う必要もないし、第一線で活躍していなくてもいいのだ。他人と違う世界線で生きていれば、「オーラ」というものは感じることはできる。

では、僕たち一般人が「オーラ」を纏うには、アスリートや芸能人にならないといけないのか?と言われるとそうでもない。相手が知らない世界観を演出し、そこに引き込めれば、自分の世界観に圧倒されて、「オーラ」を感じてくれるはずだ。

自分にとって未知の情報が多ければ多いほど、相手のスケールはどんどん大きくなっていく。そのためには、「僕はあなたと違う次元から物事を見ているんですよ」という演出が必須になってくる。

多くの人は同じ世界にいるので、違う世界の空気を纏うことは、現実的には難しい。だが、あたかも違う世界にいる感覚を相手に与えることは可能だと思う。

違う視点から、独自のフィルターを通して相手が知らないものを提供できれば、それはもう別世界の存在だし、「何かわからないけどすごい」ということを相手は感じるはずだ。

芸術や、他のスキルを活用することができれば、「オーラ」を纏うことはできるだろう。だけど、僕含めて多くの人はそういったものを持っていないはず。

そうなるとやはり、知性を磨いて視点を強化し続けるしかないのだ。これはセンスよりも、いかに地味な作業に耐え、コツコツ継続できるかということが重要になってくる。

知性という最強の概念で武装し、面白い視点を提供していく。これが積み重なれば、特に変わりのない一般人でもオーラに近しいものを、纏えるようになるだろう。

オーラが纏えたらそれは1つの魅力になるので、自分のファンになってもらうための強力な武器になる。

この記事も、「オーラ」というものを言語化できない人に向けて、「僕はこういう視点から物事を考えていますよ」と語りかける、積み重ねの一部なのだ。

こういった積み重ねが、他人と自分の世界を少しずつずらし、気づけば遥か彼方にいるように錯覚するのだと僕は思う。そのために、コツコツダラダラと継続していくのだ。

疲れたから今日はこの辺で。ではまた。


より「面白いもの」を探求する研究費に使わせていただきます。そしてまた、この場に得たものを還元できたらなと。