島ちゃんの恋

十四

 『島さんは私のこと、嫌いですか?』
 突然のことでしたから、私は胸がカーッと熱くなって、何も言えません。
 『私は島さんが大好きです。初めて、この店に入った時からずっと、島さんのことばかり考えていました』
 私は、その年まで女性と真剣に付き合ったことがありません。告白されるなど、初めての経験でした。胸が熱くなって、頭が朦朧として、でも、何か言わなければ失礼だと思い、言葉を振り絞りました。
 『私も正子さんのこと、大好きです。ずっと意識していました。会津があなたを口説いていると知った時、気が狂いそうになるぐらい悩みました』
 正子を前にして、私が一つ思ったことは、自分に正直であれ、ということでした。それが正子の告白に応えうる最高の礼儀だと思ったからです。
 年齢のことや、修行中の立場であるとか、さまざまなことが脳裏に浮かびましたが、そんなものを蹴散らす勢いで、私は、正子に自分の気持ちを訴えました。
 正子は、最初こそ驚いて目を見開いて私を見ていましたが、やがて、大声を上げて泣きはじめました。
 会津には申し訳なかったのですが、その夜から、私たちは、結婚を前提とした交際を開始しました。もちろん、誰にも知られず、ひっそりとです。
 しかし、そんな秘め事など、小さな世界のことですから、すぐにばれてしまいます。修行中の人間が店の者に手を付けるなど、この店ではご法度でした。正子は店をクビになり、私も正子の後を追うようにして店をやめました。
 私の家は、大阪の、ほとんど和歌山に近い地域で、小さな料理屋を開いておりました。店をやめたことを両親に告げると、怒るどころか喜んで、すぐに帰って来て、この店をやってくれと言います。父が体調を崩し、母も同様に健康を害していたこともあって、店を畳む相談をしていたと言うのです。それを聞いた私は、正子を連れて家に戻りました。
 最初、両親は正子のことを気に入っていました。明るくて、陰ひなたのない女の子だ、賢治はいい嫁をもらったと。ところが、いざ、結婚式を挙げ、正式に入籍しようということになったところで、急に両親から待ったがかかりました。
 私たちの知らないうちに、興信所に依頼して正子の身元調査をしていたのです。正子に何の断りもなく、勝手に身元を調査するなど、許されることではありません。私は両親に詰め寄りました。すると、両親は、日本人でないものをうちの家系に入れることは出きない、と言うのです。正子が在日韓国人だということを私は両親に伝えておりませんでした。正子がどこの国の人間であろうが、たとえどんな生まれであろうとも、そんなこと、何の関係もないはずです。だからあえて私は両親に何も伝えていなかったのです。何よりも大切なことは正子の人間性です。私は両親に訴えました。でも、両親は頑なでした。韓国籍、朝鮮籍の人間に偏見でもあるのでしょうか。どうしても許してくれませんでした。
 そのことを知った正子は、私の元から去りました。
 『楽しかった。少しの間でも賢治さんと一緒に暮らし、共に過ごせたことは、きっと私の大きな財産になると思う』
 それが正子の最後の言葉でした。

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